本研究は、現在の小学校音楽の基盤が形づくられた大正期から国民学校期を時代対象とし、当該期において小学校音楽のあり方を牽引し指導的役割を果たした幾尾純、井上武士、小出浩平らの音楽教師たちの音楽(唱歌)教育思想と実践の言説を分析することにより、その形成プロセスと特質を明らかにした。 幾尾、井上、小出らの音楽教師たちは、いずれも明治期の画一的・形式的かつ音楽教育の本質を顧みない小学校音楽のあり方を批判し、一方で大正新教育における子どもの主体性、創造性、個性を尊重する教育思潮と、他方で大正期に興隆した音楽の自律性を強調した美的教育の系譜を汲む芸術教育運動思潮を、みずからの音楽(唱歌)教育思想と実践に投影しながら小学校音楽のあり方を構築し、全国の小学校音楽教師たちを啓蒙した。 彼らの音楽(唱歌)教育思想と実践の特質を端的に表すならば、(1)明治期以来歌唱活動が中心だった時代に、鑑賞活動や器楽活動、作曲活動を含む「唱歌」教育から「音楽」教育への転換を国民学校期に先駆け主張したこと、(2)「音楽美」による人格陶冶の意義を提唱したこと、(3)「芸術教育」としての音楽教育の本質に、子どもたちがより近接できるための系統的な基本練習を重視したことがあげられる。大正期から昭和初期に形成された彼らの音楽(唱歌)教育思想と実践の基本的なあり方は、国民学校期に入っても、天皇制を主柱とする軍国主義的イデオロギーへの積極的な関与以外はほとんど変容が見られず、戦前期に死亡した幾尾を除いた井上、小出は戦後期も引き続き、戦前期との連続性を保持したまま小学校音楽のあり方に影響を及ぼしていった。 本研究は、現在の小学校音楽の源泉を歴史的に照射することによって、今後どのような小学校音楽のあり方を展望していけばいいのか、そのあり方を探究する際の貴重な材料を提供したことに大きな意義と重要性がある。
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