研究課題/領域番号 |
23540326
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
夏梅 誠 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 素粒子原子核研究所, 研究機関講師 (90311125)
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研究分担者 |
岡村 隆 関西学院大学, 理工学部, 教授 (30351737)
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キーワード | 素粒子論 / 超弦理論 / AdS/CFT双対性 / ブラックホール |
研究概要 |
本研究では,超弦理論のAdS/CFT双対性をQCDや強相関の物性系へ応用することを目的としている.これらの系では強結合の物理の理解が必須であるために,理論的な計算はこれまで困難であった.AdS/CFTによると,強結合の場の理論はブラックホールと等価だとされ,ブラックホールによるこれらの物理の解析の可能性が開かれた.本年度は主に以下のテーマで研究を行なった: 1)AdS/CFTとメンブレーン・パラダイムの関係 場の理論は,低エネルギーでは流体力学に帰着するので,AdS/CFTによるとブラックホールは流体と対応する.もっとも,この対応については,AdS/CFT以前からメンブレーン・パラダイムを始めとする様々な手法が存在する.重力の基本変数はメトリック(重力摂動)であるが,一方流体の基本変数は流体変数(速度場)である.したがって,重力と流体を比べるうえで,流体変数と重力摂動の関係を同定する必要がある.ところが,AdS/CFT以外の多くの手法では,これを恣意的に定めているだけである.我々は,流体変数を重力摂動の応答として定める,という手法を提案した.こうして流体変数を消去することで,重力・流体どちらも重力摂動で記述され,直接的な比較を可能とした. 2)ホログラフィック超伝導の増強 時間依存する外場の下では,超伝導が増強され転移温度が増大することが知られている.これが高温超伝導体で起これば,室温超伝導が実現する可能性もある.ところで,シルバースタインらは,ホログラフィック超伝導を使い,この現象を調べている.ホログラフィック超伝導は,AdS/CFTで知られているブラックホールの一種で超伝導を起こす.しかし,彼女らの取り扱いには深刻な問題がある.それらの問題を議論し,またこの現象をホログラフィック超伝導で正しく扱う方法を提案した.(近日中に発表予定)
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1)研究成果の発表, 2)書籍出版やアウトリーチにまつわる成果, 3)国内・国外出張による最新の成果の収集, などおおむね順調に推移した.しかし,震災とその後の対応によって生じた遅れを,いまだ完全に払拭するには至っていない.特に様々な事情から,本課題による国外出張が今年度の後半になってようやく実現したが,これは当初の予定から大きく遅れた.
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今後の研究の推進方策 |
AdS/CFTにおいて,様々な系で基本的な非平衡現象は議論されてきたが,主として調べられているのは,線形で断熱的な変化であり,非線形,非断熱的(クエンチ)な非平衡現象はまだまだ調べ始められたばかりである.物性等での実験では,外場を比較的自由に操作できることからも,AdS/CFTでより一般的に非平衡現象が調べられることが望ましい.現在研究中の「ホログラフィック超伝導の増強」もその一例である. シルバースタインらは,時間依存する化学ポテンシャルの下でこの現象を調べているが,彼女らの結果は gauge artifact にすぎない.かわりに我々は時間依存する電場の下で,この現象を調べている.今年度の研究から,臨界点近傍ではホログラフィック超伝導には増強が起きないことを解析的,数値的に確かめることができた.来年度は,臨界点を離れると増強が起きるかどうか,本格的な数値計算を通して確かめる.(通常の超伝導のBCS理論によれば,臨界点近傍でやはり増強は起こらない)
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次年度の研究費の使用計画 |
主に国内出張を通して,同様の研究を行なっている研究者から最新の成果について学び,我々の得た結果を発表する.また,AdS/CFTではさまざまな分野が関わっているので,他分野での情報収集にもあたる.ほぼ確定している次年度の出張予定: (1)KIAS-YITP Joint Workshop 2013(2)Kavli IPMU focus week, "Holography and QCD"(3)KITPプログラム "From the Renormalization Group to Quantum Gravity"(4)日本物理学会(秋および春)(5)研究分担者との研究打ち合わせ さらに,研究遂行上必要な消耗品および設備備品の拡充をはかる.数式処理に必須であるMathematicaといったコンピュータ関連の支出や参考書の購入などを見込んでいる. 次年度使用額が生じたのは,もともと初年度に交付の遅れや交付額の未確定が続いたため,当初想定していた運用ができなかったことを引きずっている.また,次年度(25年度)に当初想定した以上の出張が見込まれ,予算不足にならないよう,次年度使用額とすることにした.
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