研究課題/領域番号 |
23540328
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
石川 正 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 計算科学センター, 准教授 (90184481)
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研究分担者 |
安井 良彰 東京経営短期大学, その他部局等, 准教授 (50389839)
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キーワード | 素粒子物理学 / 標準模型 / 摂動理論 / ファインマン・ダイアグラム / 数式処理 / 高性能計算 |
研究概要 |
物質の究極構造を探求する素粒子物理学においては、現在「標準模型」と呼ばれる理論体系が確立しており、実験値と理論的予言が極めて高い一致を示すことが知られている。LHC実験においてヒッグスらしい粒子が発見されたが「標準模型」の正しさを証明したのかどうかはまだわからないところである。ダークマターなど「標準模型」では説明できない未解決問題があり、ヒッグス粒子の性質の詳細検証や新粒子の発見はLHCやILCなど次世代加速器実験の大きな目標の一つになっている。「標準模型を超える模型」の探索が理論・実験両面から勢力的に行われている。 素粒子物理学では、「場の理論」が確立した処方箋として確立し、「模型」を取り扱うことができる。「場の理論における摂動理論」に基づき、計算機上で数値計算まで取り扱うことを可能とするGRACEシステムを開発し、1次補正計算まで完成している。素粒子の性質や素粒子反応における2次補正を計算機上で取り扱うことを行うために、計算機上での定式化について研究開発することが本研究課題の目的である。 本年度は、素粒子物理学の問題としてミュオン異常磁気能率の標準模型における電弱理論における2ループ補正を例として主にプログラム開発を進めた。必要な2ループ・ファインマン・ダイアグラムは1780個あり、これらは14種類のトポロジーに分類される。数式処理プログラムによりトポロジー毎に紫外発散部分と有限部分の物理量に対応する式を導出した。2ループおよび1ループと繰り込まれた頂点を持つファインマン・ダイアグラムの紫外発散部分が非線形ゲージ項の場合でも相殺され、計算機上での理論定式化が正しく行われていることを確認した。また自動計算システムを用い繰り込まれた2点関数を作成し、独立な検証を遂行できるプログラムを開発した。さらにファインマン積分用に数値積分プログラムの開発を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、素粒子物理学の問題としてミュオン異常磁気能率の標準模型における電弱理論における2ループ補正を例として定式化のプログラム開発を進めた。具体的には以下のような手続きとなる。①GRACEで1780個の2ループ・ファインマン・ダイアグラムは生成する。②2ループのファインマン・ダイアグラムは14種類のトポロジーに分類されるので、それぞれのトポロジー毎に内線のループ運動量を割り当て、2つのループ運動量をシフトして対角化行列を作る。このとき木下らの方法を用いて内線の数の次元の対称行列を求める方法を用いる。③分子の計算はGRACEで生成されたグラフからファインマン規則を割りあて数式処理を行う。インデックスの処理にはN次元正則化の方法を適用する。④紫外発散に関しては、(-1+ε)の冪数から紫外発散が発生する場合、(-2+ε)の冪数から紫外発散が発生する場合および紫外発散は発生しない場合に分けられる。この3つの場合においてそれぞれ、紫外発散部分と有限の部分の式を取り出す。⑤二重指数変換積分方法などを用い、場合によっては4倍精度演算を駆使して数値積分を遂行する。 さらに数値検証のために2ループ・ダイアグラムのうち、1ループで分離されるトポロジーのダイアグラムと2点の図形が含まれるトポロジーのダイアグラムに関しては、逐次計算する方法を開発し数値計算で検証した。研究開発の結果、ある繰り込まれた1ループ・ダイアグラムに対応する4種類のトポロジーの数十個のグラフと紫外発散部分が相殺しており、システムの正しさを検証した。1780個のファインマン・ダイアグラムの内おおよそ1000個は紫外発散部分を有しており、これらが対応する繰り込まれた1ループ・ダイアグラムとの相殺を確認した。これらはシステムが正しく機能していることを示すものであり、システム研究開発は順調に進んでいると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
ファインマン・ダイアグラムを生成する際には既に非線型ゲージを使ったファインマン規則を使っている。非線形ゲージ項のパラメータを数値的に変化させ、ダイアグラム全体で不変かどうかは検証を行っている。紫外発散項については、非線形ゲージ項のパラメータを変化させても相殺されていることを確認している。有限項についても非ゲージ項パラメータを導入して検証を進めているが、高精度な精度の結果は得られていない。そのため、数値積分として二重指数変数変換方法を用いているが、より精度の高い計算方法について研究を進めると同時に高性能な数値計算を行うようにする。 セルフ型のトポロジーに関しては、カウンター項の1ループ・ダイアグラムと対応する2ループ・ダイアグラムをまとめて線形ゲージでは繰り込まれた有効セルフ・エネルギー関数をスカラー、ベクトル粒子について自動計算システムを使って研究開発を行う。この関数を使うことにより計算時間の短縮が可能となり、独立した方法であるのでシステムの検証として利用する。 もう一つの独立した検証としては2ループ積分を1ループ積分にリダクションして計算する方法を考える。フランスのアネシー素粒子原子核研究所のジャン・フィリッペ・ギエ博士らが開発した汎用性の高い1ループ積分ライブラリを用い、検証を行う予定である。 2ループ・ダイアグラムを自動的に計算する定式化をリニアコライダーのような電子・陽電子衝突型の散乱過程にも適用するための定式化を引き続き継続してプログラム開発を進める。ミュオン異常磁気能率の電弱理論における2ループ補正計算の完全計算は世界未踏であり、既存の一部の計算などとの比較を行うが、b->sγのような2ループ補正計算などの物理応用についても検討を進める。
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次年度の研究費の使用計画 |
ミュオンの量子異常磁気能率の電弱相互作用の2ループ補正計算を物理目標として、2ループ自動計算システムの研究開発を行ってきた。我々のシステムはほぼ完成したが、2ループのファインマン・ループ積分の数値的検証することが不可欠であり、非線形ゲージ項を導入して検証を進めている。また繰り込まれた有効2点関数を自動計算システムから生成し、計算時間の短縮も目指している。よりシステムを堅牢なものにするには、独立したループライブラリが必要である。我々のグループでは、長年自動計算システムに関してフランスのアネシー研究所の研究者との共同研究を進めてきた。フランス側では汎用的な1ループ積分用の数値ライブラリがあり、本研究に必要な2ループ積分を複数の1ループ積分の形式まで直すリダクションを行い、比較することを計画している。前年度までに共同研究を開始することができなかったため、本年度はこの共同研究を開始する。 本研究課題の自動計算システムの開発に長年携わってきた工学院大学・加藤潔教授は高次のファインマン・ループ積分の専門家である。氏を本年度中にフランスのアネシー素粒子原子核研究所に派遣し、ジャン・フィリッペ・ギエ博士らが開発している汎用性の高い1ループ数値ライブラリを用いて、2ループ数値積分を遂行するための共同研究を進める。このため多くは外国旅費として使用する計画であるが、国内研究者との打ち合わせや国内研究会、学会等の国内旅費にも使用する。
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