本研究の目的は、非平衡場の量子論の手法を使って、様々な地平面での場の量子論の真空の振る舞いを調べることにある。特に、ブラックホールからのホーキング輻射、ドジッター宇宙の地平面効果による揺らぎの成長、一様加速運動する観測者のウンルー効果などをその研究対象とする。 本年は、特に一様加速運動する荷電粒子からの量子輻射とその起源についての研究を行った。長時間一様加速された荷電粒子は、加速度に比例する温度における熱的平衡状態に到達する。このためこのような荷電粒子からは(古典的なラーマー輻射以外の)量子的輻射はない、というのが直感的理解である。しかし実際の計算によると、どうしても余分な輻射が残ってしまうことが知られていた。このため、計算が間違いなのか、それとも直感的理解に誤りがあるのか、長いあいだの論争があり、結論が得られていなかった。我々はこの問題を、厳密に解がもとまる系で詳細に調べることで、量子的な輻射が確かに残ることと、その原因が量子もつれにあることを明らかにした。一見、熱平衡にある系からは輻射が出ないという直感と反しているように見えるが、その原因は以下の通りである。系が熱平衡状態に達するという直感的理解は、左リンドラー空間の状態を積分できる右リンドラー空間では正しい。しかし量子的輻射が到達する未来領域では、左リンドラー空間からくる真空揺らぎと右リンドラーにある一様加速運動する荷電粒子からくる揺らぎが相関を持つ。これは、ミンコフスキー真空が量子もつれ状態にあることの帰結である。その結果、量子輻射を引き起こすことを突き止めた。これは量子もつれが引き起こす輻射の初めての例となっている。また将来の実験でこの量子的な輻射を観測する可能性についても指摘した。
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