研究課題/領域番号 |
23540331
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
仁尾 真紀子 独立行政法人理化学研究所, 仁科加速器研究センター, 仁科センター研究員 (80283927)
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キーワード | 国際研究者交流 米国 / 国際情報交換 / 量子電気力学 / 異常磁気能率 |
研究概要 |
電子およびミュー粒子の持つ異常磁気能率(g-2)への寄与のうち、本研究では量子電気力学(QED)の摂動10次の値を求め、速報として昨年度に発表した。その後、電子g-2の実験グループと今後の微細構造定数αの精度向上について話し合い、QEDの理論計算としては、数値計算からくる不定性を数年間の間に約半分に圧縮するべきとの結論に達した。この実現のために、本年度はg-2数値計算の高速化についてさまざまな試みを行った。 一つには、高速な偽4倍精度計算のライブラリの開発である。さまざまなコンピュータシステムでの使用を考慮に入れ、一般的な高級言語で制作を行った。そのまま、あるいはベクトル化指示行の挿入による補助でコンパイラ自身が高速化の同時演算命令(SIMD命令)を生成することを期待したが、今のところ理研のRICCコンピュータシステムでは実現できていない。今後、特定のコンピュータシステムのアーキテクチャに特化したライブラリの開発にシフトすべきかどうか検討中である。 上のベクトル型ライブラリを使用するために、g-2計算プログラムも配列型へと書き換えを行った。これは、開発ずみの計算プログラム自動生成システムに変更を加えることで達成した。理研RICCにおいてベクトル化の最適パラメタを探索し、倍精度計算ならばスカラー版の約3倍の速度がでるようになった。これを用い、10次のうちの光子5個のみからの量子補正を計算する389個の積分をすべて再構築し、倍精度で再計算を行った。これまでの4倍精度計算の結果と比較検討することで、確実に倍精度で計算できるものを抽出し計算資源を集中投入することで、数値計算による不確定性の大幅な改良を実現することができた。 結果として、昨年の速報値に比較し、8次と10次のそれぞれの摂動項の不確定性を約40%ならびに25%程度、小さくすることができ、目標値の実現が現実味を帯びた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
倍精度計算をSIMD利用による高速演算で実行できるようになった。これまで長い時間をかけて4倍精度で計算した結果が存在し、それと比較することで倍精度計算の信頼性を正確に判断することができる。安全と判定できたものだけを倍精度計算で実行し、モンテカルロ積分の統計数を多くすることで、積分値の不確定性の値を小さくすることができた。 さらに、もとの積分は14次元超平面上で定義されており、それを13次元単位超立法体内に射影して積分を行っている。この射影方法は無数に存在し、解析的にはどれも同じ積分値を与えるべきものである。しかし、もともとのファインマン図形の構造を反映した巧い方法を採用すると、本研究で採用している積分アルゴリズムVEGASで本来必要でない積分領域に積分の評価点を集中させるような無駄が発生しなくなり、積分の収束度が格段に良くなる。速報値を求めた段階では、プログラムの正確性を優先し、一つの射影法を共通で採用していたが、積分値の精度向上を目指すためにすべての図形で射影法を見直した。数多くある射影法のなかから最も良い射影法を389個の積分に対して構成することは手間ひまがかかり過ぎ、事実上不可能であるが、少なくともよりよい射影法には改善された。特に、2次の頂点関数に関する繰り込みを含むファインマン図形に相当する積分では、大幅な数値積分の精度向上がみられた。 今年度中に目標とする数値の精度までには達することはできなかったが、ライブラリの開発や個々のプログラムの最適化によって、この先の1-2年程度で目標精度に到達する目処を樹立できた。
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今後の研究の推進方策 |
高次元での数値積分は、数値計算研究の分野では次元の悪魔と呼ばれており、正確な値を高速に求めることの困難さがよく知られている。電子g-2のQEDによる10次補正項はまさにそれに相当し、しかも被積分関数が非常に複雑で長大な形であること、さらにくりこみ理論のために桁落ちが容易に起こることにより、最も難しい数値積分計算となっている。 これまでの研究開発で、電子g-2数値計算の方法論およびそれに基づいたプログラムの作成に関しては、厳しい検証を繰り返しており、正しいという強い確証を自ら抱いている。しかし、数値計算に関しては、数値計算プログラムが算出する統計誤差以外に、計算アルゴリズムによるシステマティックな誤差が存在しているはずだが、後者の評価が確定していない。今年度の研究は、このシステマテックな誤差の除去に道筋をつけるものであった。その成果をもとに、今後はより正確な値を求めるための計算を押し進める。 電子g-2に関してはハーバード大学のグループが新しい装置を開発中であり、2-3年以内に装置の完成と、電子とその反粒子である陽電子でのg-2の値の測定を計画している。その実験結果と同時期までに理論値としての電子g-2の値を十分な正確さと精度で求めておく。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究課題においては、コーネル大学の木下東一郎氏を毎年2-3ヶ月程度、理研に招聘する予定であった。ところが、2011年度に木下氏の家族の体調不良のため、年度末ぎりぎりまで来日予定が決まらず、結局、この年は1週間以内の本人だけの来日となった。 このための予算がそのまま繰り越されることになった。 現在、木下氏側と来日について相談中である。来日が可能となればその旅費として研究費を使用する予定である。来日が中止になった場合は、コンピュータデータのバックアップ用機材と記憶メディアの購入に研究費を使用する。
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