研究課題/領域番号 |
23540366
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
金崎 順一 大阪大学, 産業科学研究所, 准教授 (80204535)
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研究分担者 |
田中 慎一郎 大阪大学, 産業科学研究所, 准教授 (00227141)
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キーワード | 半導体 / キャリア動力学 / 時間分解光電子分光 / 励起電子 / フェムト秒レーザー / グラファイト |
研究概要 |
フェムト秒時間分解2光子光電子分光の手法を用い、代表的化合物半導体ガリウム砒素における伝導帯励起電子系の超高速緩和動力学に関する研究を推進した。光励起により伝導帯に生成された励起電子をプローブ光により光電子として表面から放出させた。光電子強度分布をエネルギー及び放出角の2次元空間において観測し、その時間発展をフェムト秒の時間領域で実時間追跡した。以下に成果をまとめる。 1)光励起直後に生成される励起電子は、光学遷移における選択則に支配され、狭いエネルギー及び波数空間に局在した波束を形成する。本測定によりこの非平衡励起電子系のエネルギー・運動量空間における分布を可視化することに初めて成功し、分布の異方性と励起光の偏光方向との強い相関を明確にした。 2)光励起により伝導帯Γ-valleyに生成された励起電子は、エネルギーがある閾値を超えるとLおよびX-valleyへとintervalley散乱される。この超高速散乱過程の効率を初めて直接的に決定した。 3)光励起によりΓ-valleyに生成された非平衡励起電子のエネルギー分布を実時間追跡し、キャリア間及び格子系との間で平衡に達するまでに要する時間(熱化時間)を正確に決定した。また、Γ-valley内における励起電子系の平均エネルギーの緩和速度と平均エネルギーとの相関を明確にした。この測定結果を電子系と格子系との散乱確率に関する解析解を用いて解析し、これまで無視されてきた音響型格子振動による散乱過程がエネルギー損失過程において重要な役割を果たしていることを明らかにした。 分担者田中は、グラファイトの可逆的相転移の本質を探るべく、電子線回折による表面構造変化の観察及び光電子分光法による電子状態変化の観察を研究するとともに、表面欠陥による励起電子の捕獲とそれに起因する表面起電力等、光電子分光の結果を解釈する上で重要となる基礎的知見を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
代表者(金崎)は、光励起直後の非平衡分布の可視化、エネルギー・運動量空間における非平衡電子系の分布の時間発展など、従来行われてきた光学的手法では直接的に得られない情報をフェムト秒時間分解2光子光電子分光法を用いて初めて獲得することに成功した。得られた実験的結果とその理論的考察より、非平衡電子系の動的振る舞いやその素過程に関する正確な情報が得られてつつあり、当初の研究目的を上回る成果を達成したと評価している。これらの成果については国内及び国外の学会において発表し、その内容を現在学術論文にまとめている段階である。 上述したように、化合物半導体におけるキャリアダイナミクスに関して当初予想していた以上の成果が得られ、その知見をさらに深く掘り下げるため優先的に本測定を進める必要が生じた。そのため、24年度に計画していた、酸化チタン試料表面の清浄化条件の最適化及びキャリアダイナミクスの時間分解測定に関しては多少の遅れが生じている。24年度において、酸化物の試料処理に必要な装置も整い、化合物半導体に関する研究の進展状況を睨みつつ、今年度の早い段階に装置調整に取り掛かる予定で準備を進めている。 分担者田中は、初年度に発見したグラファイトの新たな電子物性に関して、他機関の研究者との共同研究も含めて着実に結果を蓄積しており、計画通り研究を推進している。 上述した24年度の成果を考慮し、当初の目的は一部未達成であるが、それを補う成果が得られたものと評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
直接型バンドギャップを有するIII-V化合物半導体インジウムリン、インジウムアンチモン、さらに、光触媒作用の強い二酸化チタンを研究対象とし、光励起により結晶内部及び表面価電子状態に生成される励起電子及び正孔の緩和動力学の研究を展開する。 完全性の高いIII-V化合物半導体表面は真空劈開により、一方、良質の二酸化チタン表面は、イオン衝撃と酸素雰囲気中でのアニールにより得ることが可能である。そのため真空劈開機構・イオン衝撃装置、さらに、赤外線による非接触加熱機構と酸素ガス導入のためのガスラインを新たに処理室へ装着する。これら新たに追加する装置は24年度に準備が整っており、今年度はじめより装置の装着・試料清浄化条件の最適化作業を開始する。測定する物質の物性によりポンプ及びプローブフェムト秒パルスの波長・偏光特性を調整しつつ光電子分光測定を実施する。 得られた結果に基づき、伝導帯励起電子系及び価電子正孔系の緩和動力学の特性を、光励起キャリアの緩和動力学に関する統一的理解を得る。さらに、バンド構造やキャリア-フォノン相互作用などの物質定数に基づいて結果を比較検討し、これら物質の基礎物性の違いが励起電子・正孔系の緩和動力学に及ぼす効果について解明する。二酸化チタンについては、本研究で得られる電子・正孔動力学に関する基礎的知見と光触媒効率の励起条件依存性との相関を明確にし、光触媒効率を支配するキャリアの緩和素過程を解明する。 分担者(田中)は、分子科学研究所、高エネルギー加速器機構における放射光施設を利用し、引き続きグラファイト表面における構造相転移と電子物性及び光生成キャリア動力学との相関に関する研究を光電子分光測定により展開する。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究計画推進に必要となる主要装置の購入は24年度までにすでに完了している。そのため、最終年度の研究費は、測定に使用する試料の購入費と測定システムの維持・管理に必要となる真空部品や光学部品等の消耗品、さらに、国内・国外における成果発表旅費に充てる。
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