研究課題
BaVS3は、V4+(3d1)イオンがc軸に沿って鎖状に並んでいる擬一次元物質であり、室温以下で3段階の相転移を示す。室温から温度を下げると、TS=240 KでわずかにVイオン鎖がジグザグになり、六方晶から正方晶に構造相転移する。さらにTMI=70 Kで、2次の金属絶縁体転移(MIT)を示す(高温側:金属、低温側:絶縁体)。このとき磁性はCurie-Weiss的な振る舞いから磁気秩序のない状態に転移する。MITの起源については現在のところ定説はないが、電荷密度波不安定性、あるいは、Mott転移にもとづくモデルが提出されている。本研究の目的は、高分解能光電子分光、V 2p-3d軟X線吸収線二色性分光、V 2p-3d共鳴散乱から、BaVS3のV 3d状態について実験的知見を得、特にTMI=70KでのMITのシナリオを構築することである。これまでに、広島大学放射光科学研究センター(HiSOR)BL1で得られた偏光依存角度分解光電子分光(ARPES)により、a1g軌道、egp軌道を分離して観測することに成功した。その結果a1g軌道はTMIより上の150-120 Kでギャップを形成し、一方egp軌道は丁度TMIでギャップを形成することを明らかにした。同じくHiSOR BL14においてV 2p-3d軟X線吸収分光を実施し、線二色性スペクトルの観測に成功した。MIT前後で目立った変化はなく、V 3d軌道の占有状態がほとんど変化しないことを明らかにした。線二色性スペクトルの理論解析の結果、V鎖方向にegp-egp-egp-a1gで占有されている可能性が高いことが分かった。また軟X線共鳴散乱スペクトルの理論解析から、スピン状態についてもある程度の知見が得られつつある。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画どおり偏光依存角度分解光電子分光、V 2p-3d軟X線吸収線二色性分光を実施し、研究実績の概要に述べたような成果を得た。特に軌道占有状態に関する結果は、BaVS3の金属絶縁体転移の機構を議論するうえで貴重な情報である。この成果は現在論文にまとめているところである。他に硬X線(hn=6 keV)光電子分光実験の結果も得られており、内殻スペクトルの線幅が降温とともに減少することを見いだした。この温度変化を格子振動による熱効果で説明し、比熱の結果と概ね一致するデバイ温度が得られている。また角度分解光電子分光では明瞭に観測されなかった転移点でのギャップの観測にも成功した。以上からおおむね順調に進展していると自己評価している。
研究実績の概要に述べた光電子分光実験は真空紫外領域のhn=57 eVで行った。このエネルギー領域は、光電子スペクトルが最も表面敏感になる領域であり、結果がバルク特有のものであるかどうか確認するために、バルク敏感になる硬X線(hn=6 KeV)、極紫外域(hn=7 eV)、および中間の軟X線領域(hn=800 eV)での測定が重要だと考えている。真空紫外領域でのフェルミ準位近傍の光電子スペクトルでは、TMIをはさんでほぼ連続的な温度変化しか観測されなかった。硬X線光電子分光は既に実験が終了しているが、TMIで不連続な変化が観測されている。今年度は、極紫外域での測定をHiSOR BL9Aで実施することを計画している。また引き続きV 2p-3d軟X線吸収、共鳴散乱スペクトルの詳細な解析を行う。
放射光を用いた実験では、真空部品などの消耗品、試料をマウントする試料ホルダー、接着剤などが測定ごとに必要になってくる。BaVS3単結晶育成のために、高純度金属および透明石英管などの消耗品が必要になる。これまで得られている成果を、2013年8月東京で行われるSCES2013(International Conference on Strongly Correlated Electron Systems)で報告する。また、日本放射光学会および日本物理学会での報告を予定している。
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