最終年度にあたる2014年度は、揺らぎをともなう熱力学系に外部から力学的操作を施した際のポンピングについて集中的に研究を行い、非平衡仕事とポンピングについての新しい関係式を発見することができた。系が空間的に隔離された二つの環境の間をつないでいるとき、この系に力学的操作を施すと、二つの環境の間でエネルギーや物質を輸送することができる。このように力学的操作だけで輸送(ポンピング)できることは当たり前の事実として受け入れられているが、一方で、平衡熱力学の関係式の中には輸送流は含まれていない。平衡条件下では空間の並進対称性が保たれているので、エネルギーや熱の移動はコストを伴わない。そのため熱力学関係式の中に輸送流が陽に現れないのである。隔離された二つの環境の対称性を破ってやると、ポンピングにはエントロピー生成を伴うようになるはずである。この視点のもと非平衡定常系に拡張された熱力学関係式を見直し、非平衡定常系への操作的仕事と平衡系に誘起されるポンピングを結ぶ等式を導いた。これにより、平衡系に誘起されるポンピング量は、平衡状態と非平衡状態の両方について同じ力学的操作を行い、その際に要する仕事量がどの程度ずれるかを計測することで予想可能になることがわかった。実際フラッシングラチェットを用いた数値実験をおこなったところ、仕事計測による見積もり結果が観測されるポンピング量と一致することも見ることができた。また、平衡系に力学的操作で誘起できるポンピング量は、カノニカル分布と非平衡定常分布によるFisher情報量行列を使って表現できることも示した。この結果は、非平衡研究と情報論を結ぶ新規な視点を提案しており、今後の発展が期待できる。以上の結果は論文として出版された。また、本研究計画の全年度を通して続けた非平衡定常系の熱力学に関する成果をより数学的観点からまとめて、論文として出版した。
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