本研究は、液晶のモデルである平行冠球円柱粒子系に現れる結晶 - ヘキサティック・スメクティックB(HexB)液晶相 - スメクティック A(SmA) 液晶相転移系を対象として、熱力学的平衡状態および準安定状態を研究した。この研究は、ソフトマターの研究のために開発されたシンプレクティック分子動力学シミュレーション法を用いて行われた。前記の相で、様々な物性値とともにエントロピーなどの熱力学量を系統的に計算し、解析することによって、これらの液晶相および液晶相転移について知見を得た。特に HexB 液晶相は、細胞膜の情報伝達機能に重要な役割を果たしているリン脂質のゲル相と類似しており、構造・物性・ダイナミックスを理解することは、生体膜の機能出現の解明に欠かせない基礎的な情報を与えうる可能性がある。HexB 液晶では、多数の熱力学的準安定状態が発見された。さらに適度な大きさの系をSmA相転移温度に近い温度に保っておくことにより、系内に自発的に発生する大きいゆらぎで、それらの準安定状態をダイナミカルに行き来する定温・定圧のシミュレーション時系列を多数観測することができた。これらの時系列を解析することにより、多数の準安定状態が自由エネルギー位相空間でどのようにトポロジー的なつながりを持っているのかを示すネットワークを構築した。ネットワーク理論による解析と熱力学量による解析を組み合わせることで、物性のみによる解析では得られない、新しい知見をいくつか得ることができた。例えば、液晶相転移の示差走査熱測定が、熱履歴によりどの程度、影響を受けうるかを示すことができた。また、自由エネルギーの深い谷をもつ準安定状態の方が、浅いものよりも熱力学量の分布が狭いことがわかった。HexB液晶準安定状態のネットワークの接続行列の特異値解析を行うことにより、系の時間発展のために重要な準安定状態を探し出す事ができた。
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