研究課題/領域番号 |
23540461
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研究機関 | 独立行政法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
田中 秋広 独立行政法人物質・材料研究機構, その他部局等, 主幹研究員 (10354143)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | トポロジカル絶縁体 / 格子欠陥 / 捩率 / 重力的AB効果 |
研究概要 |
系を特徴付ける何らかの位相幾何学的性質に低エネルギー物性が支配され、その結果として、普遍的な量子効果が発現するような物質相が近年注目を集めている。トポロジカル絶縁体はその典型例といえる。これまで主に電磁気的応答に関係した位相幾何学的性質が主題であったが、本研究は、物性論ではあまり取り上げられてこなかった「重力的応答」、つまり時空計量が実効的に変形した状況を考え、計量変化に対する応答がトポロジカルな不変料となる場合も考察することにより、新たな物性が発現する様子を解明しようとしている。実効的な重力的応答が物性に顔を出す状況は主に二つ考えられる。一つは温度揺らぎを虚時間形式(松原形式)の統計力学によって取り扱おうとする場合、温度軸が空間依存性を持ち、虚時間時空が実効的に「曲がる」場合で、これは熱輸送に影響を与える。本年度はもう一つの状況である、格子欠陥により結晶中の電子の感じる時空が「捩じれる」場合を中心に研究を進めた。具体的にはトポロジカル絶縁体の中に転位欠陥が導入された状況を考察した。例えば螺旋状欠陥の場合、電子は欠陥を周回することにより欠陥に沿った座標が格子定数の整数倍だけ跳ぶという経験をする。座標の跳びの大きさは欠陥のバーガースベクトルで決まるが、これは先の時空描像で考えると時空の「捩率」に相当する。捩率のある時空は、曲率で表される変形のみを考慮する一般相対論を拡張したリーマン・カルタン理論の援用を要する。本研究ではまず数値計算により、捩率の強さに関係した一定の条件のもとで、欠陥に沿った伝導チャンネルが絶縁体中に生じることを確認し、それが重力的なアハラノフ・ボーム効果と電子スピンのベリー位相効果の相乗効果に帰着されることを示した。更に、この効果がリーマン・カルタン時空に特有のトポロジカル場の理論で記述されることを詳しい解析により示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初、時空変形の応答として、「曲率の生成を伴う時空変形」をもたらす計量変化への応答を主に想定していた。これを熱的輸送という物性に応用するにあたり、正確な理論的な枠組みは未整備な点が多く残されているものの、別の文脈で古くはLuttingerにより、またトポロジカル超伝導体の文脈ではRead-GreenやVovlovik の先駆的な研究の中である程度の基礎が敷かれていた。そこで物性論では応用例のほとんど見当たらない、「捩率の生成を伴う時空変形」をもたらす新しいタイプの計量変化への応答に本年度は集中する方針を取り、主として格子欠陥を導入したトポロジカル絶縁体という文脈の中で研究して一定の成果を得た。特にスピンのベリー位相効果と捩率による重力的AB効果という二つの量子干渉効果が競合する機構を明らかにしたこと、更にそれが高エネルギー物理学(超弦理論に対する半古典近似にあたる超重力理論)の分野で発見されたトポロジカル場の理論(Nie-Yan理論)と深く関係することを特定した。この有効理論は、これまで物性論で応用されたトポロジカル場の理論であるChern-Simons理論やΘ真空の理論(アクシオン電磁気理論)とは別クラスの理論であり、新奇の量子効果や、トポロジカル相の分類学に新たな知見をもたらす可能性があると考えている。なお、これとは別に、非トポロジカル相を光学的手法を援用してトポロジカル相へと変化させるスキームを提唱した。
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今後の研究の推進方策 |
1)量子化された熱応答を重力的なトポロジカル場の理論により記述する方法は、Read-Greenによる先行研究等によりある程度理解が進んでいるが、電気的応答とのアナロジーに頼った直観的な議論にとどまっており、正確な枠組みの構築のためには検討すべき点が多い。この方向の研究を推進したい。2)23年度に、単純な設定(結晶中に一本の格子欠陥がある場合の固有スペクトルの問題)のもとで捩率のある時空に関する重力的応答を研究したが、これをより一般的なトポロジカル場の理論の立場から見ると、アクシオン場の渦状配位(アクシオンストリング)として捉えるこことができる。このような配位の性質を、双対変換など非摂動的な場の理論の手法を用いて詳しく調べたい。これは曲がった時空におけるトポロジカル相の分類に一定の知見をもたらすとともに、複数の欠陥の存在下で重要となる分数統計の記述を可能にするものと考えている。3)格子欠陥の研究は、特にTeo-Kaneの研究によりトポロジカル超伝導体においても重要となることが予想されている。そこでトポロジカル絶縁体を対象とした2)の場の理論を、超伝導体の場合へと拡張することを検討したい。4)従来非トポロジカル物質と見なされてきた物質相を、光学的手法によりトポロジカル相へと変質させる手法を提唱してきた。また、グラフェンにおいて応力がゼロ磁場量子ホール効果を誘起することが提唱されているように、応答の入手力を工夫することで、非トポロジカル相においてもトポロジカル応答を発現させることができる場合がある。これらの「「隠れたトポロジカル相」を重力的応答に関して探索する予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究は高エネルギー物理学(特に超弦理論やその古典近似に応答する超重力理論)や、量子宇宙論(従来の一般相対論の枠組みであるリーマン時空をリーマン=カルタン時空に拡張した理論)の知見を物性論に援用うるという、学際的な色彩のきわめて強い研究課題である。より正確な援用を行うために、24年度はこれらの分野の研究者との共同研究や情報交換を昨年度以上に活発化させる必要がある。研究打ち合わせや当該分野の研究会への参加のための旅費、情報交換のためのセミナーを開催した際の謝金の発生などが新たに想定される。なお、既に予備的な研究を京大・KEKの高エネルギー物理の研究者とスタートさせている。
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