光で観測される反射・屈折・干渉などの光学現象を原子の物質波において実現する原子光学において、回折格子は最も基本的な素子の一つである。しかし、原子線のドブロイ波長は、レーザー冷却された低速原子線でもナノメートル程度であり、有意な回折角を得るためには、サブミクロン以下の格子定数が必要となる。そこで我々は、生体物質が自己組織化によって合成するナノ磁性粒子アレイに着目し、従来の超微細加工技術の限界を超えた精密な周期構造を実現することを目指す。磁性粒子配列が形成する周期的ゼーマンポテンシャルが、物質波に対して回折格子として機能することを、レーザー冷却された原子線の散乱実験と理論解析から検証することが本研究の目的である。 今年度は、前年度に引き続いて原子線温度の低温化のために偏光勾配冷却によってCs原子集団を冷却し、光モラセス中の拡散係数を評価した。レーザーの離調を大きくとり強度を小さくするほど拡散が抑えられていることを確認した。また、冷却した原子集団を再加速するために、moving molasses法のための実験装置を整備した。 一方、フェリチン蛋白質の自己組織化により生成する酸化鉄(Fe3O4)粒子アレイについては、磁場勾配を利用する方法により、鉄コアの形成率をほぼ100%まで向上させた。これをシリコン基板に転写して2次元結晶を形成させるために、蛋白質変成膜法に改良を施し、従来比で5倍以上の配列面積を得ることができた。 現時点で、研究の最終目標である磁性粒子アレイによる原子線の散乱実験には到達していないが、低速原子線と磁性ナノ粒子アレイの生成という2つの基盤技術は、研究期間内に着実に進歩してきた。一方で、ナノ粒子が形成する磁場の熱揺らぎなど、計画当初は予想しなかった問題も新たに提起されている。冷却原子を用いたナノ粒子のマグネトメトリーに展開する可能性もあり、今後も引き続き検討していきたい。
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