研究課題/領域番号 |
23540470
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
中原 幹夫 近畿大学, 理工学部, 教授 (90189019)
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研究分担者 |
大見 哲巨 近畿大学, 理工学部, 研究員 (70025435)
近藤 康 近畿大学, 理工学部, 准教授 (40330229)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 国際情報交流 中国,アメリカ / 量子コンピュータ / 中性原子 / 量子ゲート / 量子誤り訂正 / 複合ゲート / Lewis-Riesenfeld不変量 |
研究概要 |
平成23年度は,中性原子の集団から選択的に2個の原子を選び,その間に量子ゲートを作用させる研究を主に行った.従来の方法ではすべての原子対に量子ゲートが作用するので,もっとも研究されている「サーキットモデル」に使うことはできなかったが,本研究により,それを可能とした. シリコン基盤に開けた光の波長程度の穴を通して漏れるフレネル光により中性原子を基盤の近くにトラップする.トラップされる高さは穴の半径を変えることにより制御される.ゲートを作用させたい2個の原子を2つの超微細状態の重ね合わせ状態にした後,これらの原子をトラップしている穴の半径を大きくすると,原子は基盤から離れた位置に留まる.そこでトラップ光の強度を減少させるとともに,この2個の原子を結ぶ軸に沿って,1次元の光格子の強度を増加させると,原子は光格子にトラップされる.この状態で光格子を作る対向レーザビームの偏光角を変えると,2つの超微細状態は逆方向に動き出す.力学的位相を導入したい超微細状態が光格子の同じポテンシャル内に指定された時間だけ留まると,この成分は他の成分に比べs波散乱長で決まる結合定数に比例した位相をもつ.これにより2量子ビットゲートが実装されることを示した. また,量子ビットに作用するノイズを克服する方法として,すべての量子ビットに同じノイズが作用する場合に誤り訂正を効率よく実現する方法を研究した.この状況は光格子にトラップされた原子系などに用いることができる.我々のスキームは再帰的で,容易に多量子ビット系に拡張することができる. フォールトトレラントな量子計算を行うには,忠実度が高いゲートが必須である.本研究では,NMRにおける複合パルスを一般化することにより,忠実度が低いゲートを組み合わせて忠実度が高い複合ゲートを設計した. 特別な初期状態に対して,非断熱過程を用いて量子制御を行う方法を解析した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の中心テーマである中性原子対に選択的に作用する2量子ビットゲートの実現に関しては,その原型とも言うべきスキームをほぼ完成した.しかし,断熱過程を用いる現在のプロセスでは,ゲートの忠実度0.89を仮定すると1つの量子ビットゲートの実装に7.9msかかり,実用的な量子アルゴリズムを実行するには長すぎると思われる. 量子コンピュータはアナログ的な要素も持つハイブリッド・コンピュータであり,量子ビットや量子ゲートにエラーに対する耐性を与えることは,計算の信頼性を確保する上で大変重要である.平成23年度には,光格子中の原子系に長波長のエラー演算子が作用した時のように,すべての量子ビットが同じエラー演算子にさらされる場合に有効なデコヒーレンス・フリー・サブスペースとノイズレス・サブシステムを実装する回路を研究した.また忠実度が低い量子ゲートを組み合わせて高忠実度の量子ゲートを実現する複合量子ゲートを,1量子ビットゲートと2量子ビットゲートの両方に渡って研究した.これらの複合量子ゲートの多くは幾何学的に大変興味ある構造をしており,それがAharonov-Anandan位相に帰着することを示した. 最初に述べた中性原子における量子ゲートの実装では,各ステップは断熱的に実現された.その結果,実行時間は典型的なデコヒーレンス時間に比べ十分短いとは言いがたい.それを克服する方法として,Lewis-Riesenfeld不変量を用いた非断熱変化の研究をした.それにより,非断熱過程を含む一般的な過程で,与えられた初期状態と最終状態を結ぶ量子制御を見出すことができた.平成23年度はNMRを念頭に置き,上向きスピンと下向きスピンのポピュレーションが異なる密度行列から出発して,ポピュレーションを断熱過程で与えられる時間よりもはるかに短い時間で反転する量子制御を見出した.
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今後の研究の推進方策 |
1.平成23年度の中性原子量子ゲートの提案は断熱過程に基づくものであり,実装にかかる時間が問題であった.平成24年度以降は,忠実度を犠牲にすることなく実行時間を短縮するために,たとえばLewis-Riesenfeld不変量を用いて非断熱過程も含めた実装を研究する.また,実際にとることが可能な外部パラメタ(レーザ強度など)の範囲内で,さらに実行時間が短くできないか,パラメタの最適化を検討する.2.上の中性原子系における量子ゲートの提案は,原理的にほぼ既存の技術で実現可能と思われるが,実験家の興味を引くために,一部の汎用性を犠牲にして実装が比較的簡単なダウングレードしたバージョンを提案する.たとえば,任意の原子間に2量子ビットゲートを作用させるのではなく,隣り合う原子間のみに作用するゲートであれば,実装がより簡単で実験家が興味を持つスキームが提案できると思われる.3.平成23年度に考察したデコヒーレンス・フリー・サブスペースやノイズレス・サブシステムは簡単な基本ユニットを用いて再帰的に符号化回路および復号化回路を構成したが,そこにエンコードできる量子ビット数,すなわち論理量子ビット数,は最大ではなかった.符号化の効率を上げるために,平成24年度以降は与えられた物理的量子ビット数に対して最大論理量子ビット数を符号化できるスキームを探索する.4.複合量子ゲートに関しては,現在までの研究で求めた回路に必要な基本量子ゲート数を削減することを試みる.また,平成23年度には複合量子ゲートに幾何学的意味づけを行ったが,平成24年度以降は,異なる複合ゲート間の代数的な構造も明らかにする.
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次年度の研究費の使用計画 |
平成23年度の研究成果は3月に開催されるアメリカ物理学会で発表する予定であったが,平成23年度は異例で2月に開催され,中原は大学の行事と重なり出席,発表することができなかった.また,予定していた研究者の招聘は,中原が代表を務める私立大学補助金(オープンリサーチセンター)のサマースクールで招聘したため,本研究からの今年度の出費は控えることができた.これらの未使用予算は平成24年度の研究費に加えて,国外での講演や研究集会主催などに使用する. 平成24年度は上記の研究集会以外に,原子物理学,量子コンピュータ関連書籍の購入,コンピュータ周辺機器に必要な消耗品,国内外における研究成果の発表,連携研究者やその他の専門家との研究打ち合わせ旅費,専門的知識の提供に対する講演謝金,資料整理のための学生アルバイト謝金などに使用する.また,本研究は数学的手法も縦横に用いる学際的な研究であり,必要に応じて数学者も交えた研究集会を開催する.
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