研究課題
内殻電子励起特有のサイト選択的結合切断反応が表面分子系で顕著に見出される要因として、「反応部位から基板への電荷の有効な散逸により、二次的反応が極度に抑制される」との申請者らの仮説を検証するため、主鎖を導電性が高い芳香環に置き換えた自己組織化単分子膜(SAM)を試料とし、初年度は芳香環を1つ持つSAM試料Au-SCH2-C6H4-OCH3、Au-SCH2-C6H4-COOCH3およびAu-S-C6H4-COOCH3、また芳香環を2つ有するSAM試料としてAu-S-C6H4-C6H4-COOCH3とAu-S-C10H6-COOCH3について実験を行った。各種SAM試料の炭素内殻励起領域における吸収スペクトルは広島大学の放射光HiSORで行い、各脱離イオン種毎の収量スペクトルを高エネルギー加速器研究機構のPFシングルバンチ運転によるTOF測定から得た。 申請者が考案した選択性の解析手法を用いて各SAMにおけるイオン脱離の選択性を定量的に評価・比較した。芳香環を1つもつSAMではいずれも脂肪鎖SAMよりも高い選択性を有するイオン脱離が観測されたがその収量は大きく減少した。導電性の芳香環をリンクしたことで、内殻共鳴励起によって反応部位に局所的に発生した電荷が効率よく金基板に流出しやすくなったために反応効率は下がるが、このプロセスに競争し得る選択的で高速な反応は結合切断し得るため、選択性は向上したと考えられる。またこの芳香環を1つもつ2種類のSAM(チオールと芳香環間のメチレンスペーサーの有無)でも違いがあり、絶縁性メチレン鎖がない方が高い選択性を示すことが分かった。同様に芳香環を2つ有するSAMでも選択性の高さは維持されることが分かった。反応部位が金表面から離れることで直接的な表面との相互作用は抑制されていると考えられ、鎖の導電性が反応性の違いをもたらしていることが分かった。
2: おおむね順調に進展している
内殻電子励起特有のサイト選択的結合切断反応が表面分子系で顕著に見出される最大の要因として、「反応部位から基板への電荷の有効な散逸により、二次的反応が極度に抑制される」ためであると申請者らは考えており、この仮説をより能動的に検証するため、本研究では、高い選択性が見出されたSAMの絶縁性鎖部位を導電性が高い芳香環に置き換え、選択的反応の更なる向上を目指すとともに、「イオン脱離反応の選択性」と「SAM構成分子の基板への速い電子移動」との関係性に着目し、下記2項目の実験遂行を目指している。(1) PFでの単バンチ運転における、内殻励起によるサイト選択的イオン脱離反応の計測(2) オージェ電子分光を利用したcore-hole clock法による超高速電子移動速度の計測これら2項目の実験を、主鎖の芳香環が異なる7種類のメチルエステル修飾チオールSAMについて系統的に3年間で実施することを目指している。 初年度は(1)のイオン脱離反応計測に重点を置くことにし、5種類の試料について実験を遂行することができた。実験上の達成目標の1/3程度を遂行することができたことになることから、おおむね順調に進展していると評価している。
本研究の遂行に欠かすことができない脱離イオン測定には、PF単バンチ運転での飛行時間型イオン質量計測実験を必要とするが、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の方針により、従来の年3回のシングルバンチ運転が1回のみの実施に大幅に縮小されることになった。そのため、初年度は脱離イオン測定を重点的に実施することにした。したがって次年度では、この脱離イオン測定に用いた5種類の芳香環を有するメチルエステル修飾チオールSAMおよび新規に用いるF置換体2種について、イオン化しきい値以下のπ*およびσ*共鳴励起状態でのオージェ電子分光計測を実施し、電子移動速度をそのオージェ遷移強度の分岐比から計測する。このことから、分子構造の違いによる電子の局在/非局在性や伝導性の変化を系統的に評価することを目指す。最終年度にあたる次年度では、新規に合成したF置換体2種についてのイオン脱離計測を実施すると共に、これまでの実験データを補完すべき試料に関して、イオン脱離計測およびオージェ電子分光計測を実施し、総合的な分子構造および電子の局在性・伝導性に相関したイオン脱離反応の選択性を評価し、内殻励起特有のサイト選択的結合切断反応の機構解明を目指す。
オージェ電子分光を利用したcore-hole clock法による超高速電子移動速度の計測は、特定の共鳴励起状態でのオージェ電子スペクトルを計測し、共鳴オージェピークと、励起電子の金基板への失活(自動イオン化)によって生じる正常オージェピークとのピーク成分比を導出し、その励起電子の失活の早さすなわち電子移動速度を計測する。本課題で用いている比較的大きな有機分子の表面吸着系ではこの共鳴オージェと正常オージェのオーバーラップが非常に大きいため、ピーク成分比の定量性を確実にするためには電子の捕集感度を高める必要がある。 初年度は先に記した理由により、イオン脱離計測に重点を置いた研究を展開する必要があった。そのため本来初年度で実施予定であった電子の捕集効率を上げるための電子分光器電子レンズ系の改造を翌年度に実施する必要が生じたため、当該研究費を次年度使用とすることにした。その他経費に関しては当初計画通りの研究遂行に必要な経費として計上したものである。
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Physical Review Letters
巻: 108 ページ: 063007(1-5)
10.1103/PhysRevLett.108.063007
Proceedings of the National Academy of Science
巻: 108 ページ: 16912-16915
10.1073/pnas.1111380108