内殻励起による選択的結合切断反応：超高速電子移動計測によるアプローチ

2013 年度 実施状況報告書

• 研究課題/領域番号: 23550017
• 研究機関: 広島大学
• 研究代表者: 和田 真一 広島大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (60304391)
• キーワード: 内殻励起反応 / サイト選択的結合切断 / 自己組織化単分子膜（SAM） / 共鳴オージェ電子分光 / Core-hole clock法

研究概要

内殻電子励起特有のサイト選択的結合切断反応が表面分子系で顕著に見出される要因として、「反応部位から基板への電荷の有効な散逸により二次的反応が極度に抑制される」との申請者らの仮説を検証するため、主鎖を導電性が高い芳香環に置き換えたメチルエステル修飾自己組織化単分子膜（SAM）を試料として用意した。初年度に高エネルギー加速器研究機構のPF単バンチ運転によるTOF測定から脱離イオン種毎の収量スペクトルを得たが、申請者が考案した選択性の解析手法を用いることで、各SAMにおけるイオン脱離の選択性を今年度までに定量的に評価・比較することができた。
一方、各種SAM試料の炭素および酸素内殻励起領域における共鳴オージェ電子分光測定を広島大学の放射光HiSORで実施した。特にイオン化しきい値以下のπ*およびσ*共鳴励起状態でオージェ電子分光計測を行い、電子移動速度をそのオージェ遷移強度の分岐比から計測した。このことから、分子鎖の違い（芳香鎖か脂肪鎖か、および鎖長の違い）による電子伝導性の変化を評価することができた。
共鳴オージェ電子分光を利用したcore-hole clock法による高速電子移動速度の計測は、特定の共鳴励起状態で計測したオージェ電子スペクトルから、共鳴オージェピークと励起電子の金基板への失活による正常オージェピークとを抽出し、そのピーク成分比から励起電子の失活の早さ（電子移動速度）を見積る。有機分子の表面吸着系ではこの共鳴オージェと正常オージェのスペクトル上のオーバーラップが大きいため、定量的な評価方法の検討が必要であった。本課題では、メチルエステル反応部位では炭素よりも酸素励起の方がそのオージェスペクトルの違いが明瞭であることを見出し、定量的な評価方法を確立することに成功した。そしてサイト選択的結合切断反応に相関した非常に速い電子移動速度を見積ることができた。

現在までの達成度 (区分)

3: やや遅れている

理由

内殻電子励起特有のサイト選択的結合切断反応が表面分子系で顕著に見出される最大の要因として、「反応部位から基板への電荷の有効な散逸により、二次的反応が極度に抑制される」ためであると申請者らは考えており、この仮説をより能動的に検証するため、本研究では、高い選択性が見出された脂肪鎖SAMの絶縁性鎖部位を導電性が高い芳香環に置き換え、選択的反応の更なる向上を目指すとともに、「イオン脱離反応の選択性」と「SAM構成分子の基板への速い電子移動」との関係性に着目し、下記2項目の実験遂行を目指している。
(1) PFでの単バンチ運転における、内殻励起によるサイト選択的イオン脱離反応の計測
(2) 共鳴オージェ電子分光を利用したcore-hole clock法による超高速電子移動速度の計測
これら2項目の実験を、主鎖の芳香環が異なる7種類のメチルエステル修飾チオールSAMについて系統的に3年間で実施することを目指した。
初年度は(1)のイオン脱離反応計測に重点を置き、5種類の試料について系統的な実験を実施することができた。次年度以降はそれらイオン脱離データの解析を進めるとともに、重要な2試料について共鳴オージェ電子分光計測を実施し、有機薄膜の酸素領域におけるcore-hole clock計測解析の手法を確立させ、これら試料での電子移動速度の励起状態依存性について評価することができた。
以上のことから、達成目標の大半を遂行することができたと考えているが、(1)の脱離イオン計測に不可欠なPFでの単バンチ運転がH24年度から実施されなくなったことにより、同研究に若干の遅れが生じている。

今後の研究の推進方策

本研究の遂行に欠かすことができない脱離イオン測定には、PF単バンチ運転での飛行時間型イオン質量計測実験を必要とするが、高エネルギー加速器研究機構　物質構造科学研究所の方針によりH24年度から単バンチ運転の実施が行われなくなった。そこで初年度はPFでの脱離イオン測定を重点的に実施し、翌年度以降はこの脱離イオン測定に用いたSAM試料を用いて共鳴オージェ分光計測に重点を置いて実験を実施した。
その間にPFで導入・整備されたパルスセレクターを用いたハイブリッド運転の単バンチ化が本課題研究に有用な状態にまで進展したことを踏まえ、H26年度は同単パルス放射光を用いてイオン脱離計測を完結させるとともに、オージェ電子分光計測における補完データの収集および同データの解析手法の改良を試みる。そして総合的な分子構造および電子の局在性・伝導性に相関したイオン脱離反応の選択性を評価し、内殻励起特有のサイト選択的結合切断反応の機構解明を目指す。

次年度の研究費の使用計画

H25年度は、高エネ研のPFにおいて単バンチ運転によるパルス放射光を利用した内殻励起イオン脱離反応の飛行時間型イオン質量分析計測を実施し、その成果をシンポジウムで発表する予定であったが、PFの施設方針により単バンチ運転が実施されなかったために同研究を実行できなかった。そのために研究計画を変更し、広島大学HiSORでの共鳴オージェ電子分光計測による電子移動速度評価に専念することとしたため、次年度使用額が生じた。
このため次年度は、新たに導入されるパルスセレクターでPFのハイブリッド運転から単パルスを取り出す手法（施設側が整備・提供）を利用することで、内殻励起イオン脱離反応の飛行時間型イオン質量分析計測を実施することとし、同実験研究を完了させるとともに、研究成果のシンポジウムでの発表を行う。発生した次年度使用額はその経費に充てる。

研究成果

• [雑誌論文] Pulse-delay effects in the angular distribution of near-threshold EUV+IR two-photon ionization of Ne (2014)
  • 著者名/発表者名: S. Mondal, H. Fukuzawa, K. Motomura, T. Tachibana, K. Nagaya, T. Sakai, K. Matsunami, S. Yase, M. Yao, S. Wada, H. Hayashita, N. Saito, C. Callegari, K.C. Prince, C. Miron, M. Nagasono, T. Togashi, M. Yabashi, K.L. Ishikawa, A.K. Kazansky, N. M. Kabachnik, and K. Ueda
  • 雑誌名: Physical Review A 巻: 89 ページ: 013415(1-6)
  • DOI: 10.1103/PhysRevA.89.013415
  • 査読あり
• [雑誌論文] Deep inner-shell multiphoton ionization by intense x-ray free-electron laser pulses (2013)
  • 著者名/発表者名: H. Fukuzawa, S.-K. Son, K. Motomura, S. Mondal, K. Nagaya, S. Wada, X.-J. Liu, R. Feifel, T. Tachibana, Y. Ito, M. Kimura, T. Sakai, K. Matsunami, H. Hayashita, J. Kajikawa, P. Johnsson, M. Siano, E. Kukk, B. Rudek, K. Ueda 他10名
  • 雑誌名: Physical Review Letters 巻: 110 ページ: 173005(1-5)
  • DOI: 10.1103/PhysRevLett.110.173005
  • 査読あり
• [雑誌論文] Anomalous signal from sulphur atoms in protein crystallographic data from an X-ray free-electron laser (2013)
  • 著者名/発表者名: T. Barends, L. Foucar, R. Shoeman, S. Bari, S. Epp, R. Hartmann, G. Hauser, M. Huth, C. Kieser, L. Lomb, K. Motomura, K. Nagaya, C. Schmidt, R. Strecker, D. Anielski, R. Boll, B. Erk, H. Fukuzawa, S. Wada, I. Schlichting 他25名
  • 雑誌名: Acta Crystallographica Section D 巻: 69 ページ: 838-842
  • DOI: 10.1107/S0907444913002448
  • 査読あり
• [雑誌論文] Dynamics of hollow atom formation in intense x-ray pulses mapped by partial covariance (2013)
  • 著者名/発表者名: L.J. Frasinski, V. Zhaunerchyk, M. Mucke, R.J. Squipp, M. Siano, J.H.D. Eland, P. Linusson, P. van der Meulen, P. Salen, R.D. Thomas, M. Larsson, L. Foucar, J. Ullrich, K. Motomura, S. Mondal, K. Ueda, T. Osipov, L. Fang, S. Wada, R. Feifel 他13名
  • 雑誌名: Physical Review Letters 巻: 111 ページ: 073002(1-5)
  • DOI: 10.1103/PhysRevLett.111.073002
  • 査読あり
• [雑誌論文] Sequential multiphoton multiple ionization of atomic argon and xenon irradiated by x-ray free-electron laser pulses from SACLA (2013)
  • 著者名/発表者名: K. Motomura, H. Fukuzawa, S.-K. Son, S. Mondal, T. Tachibana, Y. Ito, M. Kimura, K. Nagaya, T. Sakai, K. Matsunami, S. Wada, H. Hayashita, J. Kajikawa, X.-J. Liu, R. Feifel, P. Johnsson, M. Siano, E. Kukk, B. Rudek, K. Ueda 他10名
  • 雑誌名: Journal of Physics B 巻: 46 ページ: 164024(1-7)
  • DOI: 10.1088/0953-4075/46/16/164024
  • 査読あり
• [雑誌論文] Double core-hole formation in small molecules at the LCLS free electron laser (2013)
  • 著者名/発表者名: M. Larsson, P. Salén, P. van der Meulen, H.T. Schmidt, R.D. Thomas, R. Feifel, M.N. Piancastelli, L. Fang, B.F. Murphy, T. Osipov, N. Berrah, E. Kukk, K. Ueda, J.D. Bozek, C. Bostedt, S. Wada, R. Richter, V. Feyer, and K.C. Prince
  • 雑誌名: Journal of Physics B 巻: 46 ページ: 164030(1-10)
  • DOI: 10.1088/0953-4075/46/16/164030
  • 査読あり
• [雑誌論文] Inner-shell multiple ionization of polyatomic molecules with an intense x-ray free-electron laser studied by coincident ion momentum imaging (2013)
  • 著者名/発表者名: B. Erk, D. Rolles, L. Foucar, B. Rudek, S.W. Epp, M. Cryle, C. Bostedt, S. Schorb, J. Bozek, A. Rouzee, A. Hundertmark, T. Marchenko, M. Simon, F. Filsinger, L. Christensen, S. De, S. Trippel, J. Kupper, S. Wada, A. Rudenko 他8名
  • 雑誌名: Journal of Physics B 巻: 46 ページ: 164031(1-12)
  • DOI: 10.1088/0953-4075/46/16/164031
  • 査読あり
• [雑誌論文] Using covariance mapping to investigate the dynamics of multi-photon ionization processes of Ne atoms exposed to X-FEL pulses (2013)
  • 著者名/発表者名: V. Zhaunerchyk, M. Mucke, P. Salen, P. van der Meulen, M. Kaminska, R.J. Squipp, L.J. Frasinski, M. Siano, J.H.D. Eland, P. Linusson, R.D. Thomas, M. Larsson, L. Foucar, J. Ullrich, K. Motomura, S. Mondal, K. Ueda, T. Osipov, S. Wada, R. Feifel 他14名
  • 雑誌名: Journal of Physics B 巻: 46 ページ: 164034(1-8)
  • DOI: 10.1088/0953-4075/46/16/164034
  • 査読あり
• [雑誌論文] XFELによる希ガス原子の段階的多光子多重イオン化 (2013)
  • 著者名/発表者名: 福澤宏宣、本村幸治、永谷清信、和田真一、八尾誠、上田潔
  • 雑誌名: 放射線化学 巻: 96 ページ: 37-40
• [学会発表] Approach to evaluation of molecular conductivity by selective ion desorption and resonant Auger electron measurements (2014)
  • 著者名/発表者名: R. Koga, S. Wada, M. Ogawa, J. Kajikawa, H. Hayashita, T. Sekitani, K. Tanaka, A. Hiraya
  • 学会等名: The 18th Hiroshima International Symposium on Synchrotron Radiation
  • 発表場所: Higashi-Hiroshima
  • 年月日: 20140306-20140307
• [学会発表] 導電性分子鎖をもつメチルエステル修飾SAM におけるサイト選択的結合切断 (2014)
  • 著者名/発表者名: 古賀亮介、和田真一、小川舞、梶川順平、林下弘憲、田中健一郎、平谷篤也
  • 学会等名: 第27回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム
  • 発表場所: 広島
  • 年月日: 20140111-20140114
• [学会発表] EUV-FELパルス照射によるネオン・クラスターのナノプラズマ化とダイナミクス計測 (2014)
  • 著者名/発表者名: 永谷清信, 西山俊幸, 酒井司, 松波健司, 八尾誠, 福澤宏宣, 本村幸治, 立花徹也, 上田潔, 和田真一, 富樫格
  • 学会等名: 第27回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム
  • 発表場所: 広島
  • 年月日: 20140111-20140114
• [学会発表] 自己組織化単分子膜を利用した緑色蛍光タンパク質単分子膜形成の制御と評価 (2014)
  • 著者名/発表者名: 和田真一，梶川隼平，林下弘憲，古賀亮介，平谷篤也
  • 学会等名: 第27回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム
  • 発表場所: 広島
  • 年月日: 20140111-20140113
• [学会発表] X線自由電子レーザーを用いた先端計測技術とダイナミクス研究の展開 (2013)
  • 著者名/発表者名: 和田真一
  • 学会等名: 2013年日本化学会中国四国支部大会
  • 発表場所: 東広島
  • 年月日: 20131116-20131117
  • 招待講演
• [学会発表] 自己組織化単分子膜を利用したGFPタンパク質単分子膜形成の制御と評価 (2013)
  • 著者名/発表者名: 和田 真一、梶川 隼平、林下 弘憲、古賀 亮介、平谷 篤也
  • 学会等名: 第7回分子科学討論会2013
  • 発表場所: 京都
  • 年月日: 20130924-20130927
• [学会発表] MALDI-TOF質量分析法を利用した2成分混合自己組織化単分子膜の混成評価 (2013)
  • 著者名/発表者名: 宮武建次、和田真一、梶川隼平、平谷篤也
  • 学会等名: 第7回分子科学討論会2013
  • 発表場所: 京都
  • 年月日: 20130924-20130927
• [学会発表] 3-メチルピロールの窒素内殻空孔の特異的な電子崩壊 (2013)
  • 著者名/発表者名: 岡田和正、和田真一
  • 学会等名: 第7回分子科学討論会2013
  • 発表場所: 京都
  • 年月日: 20130924-20130927
• [学会発表] ヨウ化メチル、ヨウ化ウラシルのXFELによる内殻多光子多重イオン化とその後の超高速電荷移行 (2013)
  • 著者名/発表者名: 本村幸治、Edwin Kukk、和田真一、永谷清信、福澤宏宣、Subhendu Mondal、立花徹也、伊藤雄太、古賀亮介、酒井司、松波健司、Artem Rudenko、Christophe Nicolas、XiaoJing Liu、Catalin Miron、Yizhu Zhang、Yuhai Jiang、Jianhui Chen、Anand Mailam、Dong Eon Kim、登野健介、犬伏雄一、初井宇記、矢橋牧名、八尾誠、上田潔
  • 学会等名: 第7回分子科学討論会2013
  • 発表場所: 京都
  • 年月日: 20130924-20130927
• [学会発表] Characterization of binary-mixed self-assembled monolayer by using MALDI-TOF mass spectrometry (2013)
  • 著者名/発表者名: K. Miyatake, S. Wada, J. Kajikawa, and A. Hiraya
  • 学会等名: The 2013 Korean - Japanese Student Workshop (Pusan National University & Hiroshima University)
  • 発表場所: Busan, Korea
  • 年月日: 20130826-20130830
• [学会発表] Characterization of green fluorescent protein monolayers formed on controllable self-assembled monolayers (2013)
  • 著者名/発表者名: Shin-ichi Wada, Jumpei Kajikawa, Hironori Hayashita, Ryosuke Koga, Atsunari Hiraya
  • 学会等名: VUVX-2013: 38th International conference on Vacuum Ultraviolet and X-ray Physics
  • 発表場所: Hefei, China
  • 年月日: 20130712-20130719
• [学会発表] Site-selective bond breaking of methyl-ester terminated conductive monolayers by resonant core excitations (2013)
  • 著者名/発表者名: Ryosuke Koga, Shin-ichi Wada, Mai Ogawa, Jumpei Kajikawa, Hironori Hayashita, Tetsuji Sekitani, Kenichiro Tanaka, Atsunari Hiraya
  • 学会等名: VUVX-2013: 38th International conference on Vacuum Ultraviolet and X-ray Physics
  • 発表場所: Hefei, China
  • 年月日: 20130712-20130719
• [学会発表] Characterization of protein monolayers formed on controllable self-assembled monolayers (2013)
  • 著者名/発表者名: S. Wada, J. Kajikawa, H. Hayashita, R. Koga, A. Hiraya
  • 学会等名: 第29回化学反応討論会
  • 発表場所: 仙台
  • 年月日: 20130605-20130607
• [学会発表] XFEL-induced deep inner-shell multi-photon multiple ionization and subsequent ultrafast charge migration in iodomethane and 5-iodouracil molecules (2013)
  • 著者名/発表者名: K. Motomura, E.Kukk, S. Wada, K. Nagaya, H. Fukuzawa, T. Tachibana, Y. Ito, R. Koga, T. Sakai, K. Matsunami, A. Rudenko, C. Nicolas, X. Liu, C. Miron, Y. Zhang, Y. Jiang, J. Chen, A. Mailam, D. Kim, K. Tono, Y. Inubushi, T. Hatsui, M. Yabashi, M. Yao, and K. Ueda
  • 学会等名: 第29回化学反応討論会
  • 発表場所: 仙台
  • 年月日: 20130605-20130607
• [図書] Chemical reactions induced by core electron excitations in "Fundamentals of Mass Spectrometry" (2013)
  • 著者名/発表者名: S. Wada and K. Tanaka, edited by K. Hiraoka
  • 総ページ数: 19
  • 出版者: Springer