研究課題/領域番号 |
23550021
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研究機関 | 大阪府立大学 |
研究代表者 |
麻田 俊雄 大阪府立大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (10285314)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 自由エネルギー面 / 反応経路最適化 / 分子動力学シミュレーション / 構造最適化 / Nudged Elastic Band法 / Charge Response Kernel |
研究概要 |
本研究の目的は、自由エネルギー面上の最小自由エネルギー反応経路を、中間構造にトラップされることなく高い信頼性のもとで最適化し、タンパク質をはじめとする様々な巨大分子中の反応メカニズムを分子論的に解析する手法を新たに開発することである。 本年度の一つの実績としては、上記の目的を達成するためエネルギー評価関数として量子化学(QM)計算と力場(MM)計算を組み合わせたQM/MM法を用い、自由エネルギー面の勾配を算出するための自由エネルギー勾配(FEG)法と反応経路最適化の手法の一つであるNudged Elastic Band(NEB)法を組み合わせたQM/MM FEG-NEBプログラムを並列計算環境が使用できるよう、実用段階にまで開発発展させることに成功した点である。このことで、研究実施計画は予定どおりに進展していると考えられる。 そこでテスト計算として、グリシン分子の異性化過程とリチウム電池の電解質の劣化過程の反応経路最適化計算を行い、前者については分子論的知見の一部を論文として公表することができた。さらに、従来はMDシミュレーションの時間発展において、力場領域の分子変位が生じるごとに、毎回QM/MM計算を実行していた。この方法だと、QM領域にかかる平均力を得るまでに膨大な計算時間が必要になる。この欠点を克服するための、電荷応答核(CRK)をQM領域に対して作成し、MM領域の分子変位に対してQM領域の分子分極を短時間に時間発展させる方法を同時に開発した。これにより、MM領域の分子の変位に対してQM領域の計算を毎回必要とすることがなくなったため、高速なMM領域のアンサンブルを生成することに成功した。この新しい方法の開発が二つ目の実績である。新しい方法は、次世代スパコンのようなクラスターにより高精度化が可能となる、さらなる発展の可能性が見込める。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
早期に並列環境に移行することを目指した当初の実施計画どおり、マルチコア、マルチノードの計算機上でテストプログラムの実行が完了し、並列化についてもネットワークを介したMPI通信、マルチコアによるOpenMPのハイブリッド型のプログラムとできたことから、次世代スパコンの規格への移行も比較的容易であると考えている。 また、開発したプログラムを用いたテスト計算も完了しており、一部を論文発表できたことから、新しい方法が先進的な結果をもたらす実用段階に達しつつあるものと評価できる。当初の計画を上回る成果としては、CRKを用いた新規な高速計算手法(CRKインターバルサンプリング法)が有効であることがわかったことである。また、これを導入するための開発にも着手できた点は、計画以上の成果が上がっている結果だといえる。 一方で計算効率化を重視したために、自由エネルギー面上の拡張MDシミュレーションについては、開発がやや遅れ気味である。しかしながら、アンサンブルの収束を高速かつ大きく向上させる手法を発見できたことは、むしろ、今後の全体の研究計画がトータル時間でみると従来の方法と比較して大いに短縮することが期待できる点で評価しうる。 以上の理由により、「研究の目的」の達成度については、おおむね順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
FEGを効率的に算出するためのCRKインターバルサンプリング法を用いて、自由エネルギー面上における拡張MD計算の手法の開発段階に入る。到達目標は、タンパク質における反応経路の動的最適化にあるが、QM領域が複数のアミノ酸残基からなる系を扱う必要があるため、CRKの行列サイズが大きくなり行列要素の不定性が生じる可能性がある。そこで、まずCRKインターバルサンプリング法を溶液中のプロピレンカーボネイトの分解反応の反応経路解析に用い、CRKの不確定性をなくすための基礎的知見を得る予定である。 有力な方針としては、短時間に生じるMM領域の変位においてはアミノ酸間で移動する電荷の絶対量は小さいと考えられるので、これによりCRKの大きな行列要素をアミノ酸ごとの小さな領域で区切られるブロック行列に良好に近似できる。このような物理的要請を満たす行列要素は不確定性が小さくなるものと期待できる。 一方、MDシミュレーションから自由エネルギー変化を見積もるためには自由エネルギー摂動(FEP)計算が必要である。時間発展アルゴリズムのひとつverlet法を用いることで座標とFEGさえあれば時間発展させることが可能となるため、CRKインターバルサンプリングでFEGの信頼性を高めた上で、自由エネルギー面上のQM領域の構造時間発展を実行する予定である。これにより、自由エネルギー曲面上の局所トラップを回避する反応経路最適化法が確立するものと期待できる。 将来の複雑系に対する研究の革新的な発展につなげていくためには、次世代スパコンの利用も視野に入れる。24年度に並列化効率のさらなる発展を行うために次世代スパコン「京」の試験アカウントを取得した。実用的な利用には、いくつものハードルが残されているものの、今後の研究の推進に重要な位置を占めている。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初、効率的なプログラムの開発を実施するために、自前の並列計算環境としてマルチコア・マルチCPUの計48コア計算機クラスターの導入が必要であった。しかしながら、タイで大規模な洪水が発生したため、計算機の部品調達がきわめて困難になると同時に大規模な価格高騰が生じた。このため、目的となる性能の計算機が予算内で購入不可能になったことから、備品購入をやむを得ず遅らせることとし、これに起因する関連予算を次年度に使用する予算の研究費として計上する結果となった。 現在は計算機部品の供給が安定しつつあることから、備品として並列計算機を購入し研究開発のテスト計算をより効率的に実施できる環境を整える予定である。さらに、テスト計算の研究成果を外部に公開するための国際会議の学会発表に要する経費、および論文の執筆投稿に関して必要となる経費として使用する計画である。 研究を効率的に推進するためには、ハード面だけでなくソフト面の支援が必要になる。特に、複雑系の動的過程を効率的に認識する上で、3D画像処理が有効となる。このためのシステムを構築し、プログラム開発を支援するアプリケーション購入のための予算としても使用する計画である。
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