研究課題/領域番号 |
23550022
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
中島 聡 兵庫県立大学, 生命理学研究科, 准教授 (80263234)
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キーワード | チトクローム酸化酵素 / 新規赤外分光法 / 溶液内タンパク質 / プロトンポンプ / 酸素還元反応 |
研究概要 |
チトクロム c 酸化酵素(CcO)はミトコンドリア内膜に存在する呼吸鎖末端酵素で、酸素を水にまで還元することでプロトンを膜間輸 送しプロトン勾配をつくる機能をもつ。ごく最近申請者らは 新規にフェムト秒レーザの超高輝度の赤外パルスを光源として、分散型でマルチチャンネル検出をおこなう赤外分光システムを開発し、水溶液中での蛋白質反応を時間分解測定することに成功した。そこで このシステムを用いて CcO の酸素還元反応を測定し、それと共役した(この酵素の機能である)プロトンポンプ反応における蛋白質構造ダイナミクスを調べてその詳細の解明を試みた。また、同時に赤外分光と相補的な手段である時間分解共鳴ラマン分光法を用いてCcOのCO光解離反応を測定してヘム近傍の反応の素過程に相当する時間での反応のダイナミクスを調べた。まず赤外吸収スペクトルであるが反応は酸素飽和した緩衝溶液と CO 型の CcO を混合した後、レーザパルスで CO の光解離を起こ して酸素との反応を開始させ、遅延時間をおいた赤外パルス光で構造ダイナミクスを観測する。このためには、蛋白質溶液をフローさせなければならず、赤外で観測可能なフローシステムを開発する必要がある。可視領域の場合と異なり、赤外領域でのフローセルの作製はいくつかの困難な問題点があったが、さまざまな技術などを応用して自家製で目的とする条件を満たすものを完成させた。さらに酸素還元反応の観測のため光励起による反応開始前に溶液内に酸素を充填してかつごく短時間で測定点に輸送する必要があるが、このようなことを可能にする酸素肺システムの作製と評価を行った。このようにして完成した酸素肺フローシステムを用いて実際のCcOの酸素還元反応の測定を行った。この結果、反応中間体R,A,P,F,Oの各段階を精密に測定して、そのスペクトルを同定することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究の目的としては水溶液中での蛋白質反応を時間分解測定することに成功した赤外分光測定システムを用いて CcO の酸素還元反応を測定し、それと共役した(この酵素の機能である)プロトンポンプ反応における蛋白質構造ダイナミクスを調べてその詳細の解明を目指すことである。本年度は(蛋白質溶液をフローさせなければならないため)赤外で観測可能なフローシステムを開発しプロトンポンプ反応と共役した酸素還元反応観測できるようなシステムを完成させ、それを用いてCcOの酸素還元反応を観測できるようになることを研究目的にあげていたがこれはおおむね達成されたと考える。 目標としたセルでは50um厚で、1kHzの繰り返しに耐えうる流速(1ml/min)で、非常に粘度の高い高濃度の蛋白溶液(~500uM)をフルーさせることに成功した。このシステムを用いることで非常に粘度が高いCcO試料でも少なくとも250Hz程度の繰り返しで測定できることがわかった。さらにこのシステムに溶液内に酸素を充填してかつごく短時間で測定点に輸送する酸素肺を導入して、プロトンポンプと共役した酸素還元反応を観測することが可能になった。 このシステムを用いて中間状態を観測できる時間分解可視過渡吸収測定システムを構築した。光源としてLEDを用い自家製のパルス制御システムと組み合わせることで極めて短時間(1秒以内)で1mOD程度のSNの信号を得ることに成功した。特に多量に入手が困難なタンパク質試料の測定では短時間に測定が行えることは必須であるが、赤外の測定に向けてアルゴリズムなど必要なプロトコルを確立した。この測定系を用いて酸素還元反応の時間分解測定を行ったところ、充分低温(<5℃)であれば、CO光解離により反応を開始することができて酸素還元反応が進行することがわかり、反応中間体R,A,P,F,Oの各段階のスペクトルを同定できた。
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今後の研究の推進方策 |
完成した赤外分光用セルフローシステムを用いて、まず3種類の蛋白質の部位に注目して時間分解赤外分光測定を行う。カルボキシル基をもつ水素 結合に関与している Asp やGlu などのアミノ酸残基である。特に Asp51(D51)はプロトン ポンプ経路の末端に存在していて、プロトンのくみ出しに関与していると考えられている。構造解析からこの残基は酸化 還元状態や配位子の脱着により大きく構造変化してい ることがわかっており、反応経路中の電子移動過程や酸 素活性化過程におけるプロトンの脱着に注目して測定する。 次に主鎖ヘリックスの構造ダイナミクスである。これは主に酸化還元状態に対応して helix X よばれるヘリックスが、きわめて局所的に構造変化す ることが知られている。しかし申請者らの赤外・ラマン時間分解測定結果からは、配位子の脱着にともない、機械的な構造変化でなくきわめて複雑でかつ heme の構造変化とよく共役した構造変化が起こっていることがわかっており、生理機能の発現過程でどのような役割を果たしているかに注目して観測する。ただこの測定をフローセルで行うためには非常に薄いセル(<15μm)を使用することが必要となるので、極めて挑戦的なテーマとなる。最後に heme の側鎖やプロトンポンプ経路上のアミノ酸残基についても、かなり詳しく同定ができているので、輸送経路がどのようなダイナミクスで駆動されているかも観測する。さらに様々な中間体からの酸素の還元反応とそれに共役したプロトンポンプのダイナミクスをあきらかにする。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度に新しく発足したリーディングプログラムに参画するため研究室の移設を行った。そのため本課題研究の時間分解振動分光法に使用するレーザ装置・光学測定系の移設にともなう再調整が必要となり、本研究課題で推進すべき新規の分光測定用のシステム構築に遅延が生ずる事態となった。こうした新規システムの構築のためには、既製品の購入でなく開発に合わせて部材を購入する必要があり、それに合わせて予算を執行したため。 計画調書に記載した時間分解赤外分光測定システムの構築を現在推進しており、予備的な結果であるが測定に成功しつつある状況である。従って現在明らかになった装置の完成に至らない部分の補強を行うべく、この装置に必要な個別の部材の購入に充てる。
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