チトクロムc酸化酵素(CcO)はミトコンドリア内膜に存在する呼吸鎖末端酵素で、酸素を水にまで還元することでプロトンを膜間輸送しプロトン勾配をつくる機能をもつ。ごく最近我々は新規時間分解赤外分光システムを開発し、水溶液中でのCcO反応を時間分解測定することに成功した。そこで2つの相補的な振動分光法であるこの新システムと時間分解共鳴ラマン分光法を駆使して CcO の酸素還元反応の経時変化を調べ、それと共役した(この酵素の機能である)プロトンポンプにおける蛋白質構ダイナミクスの詳細を解明することを目的として研究を行った。まず、酸素還元反応が起こっている状態を実時間の赤外測定ができるように、専用のフローセルの開発を行った。赤外が測定可能なように透過厚が50μmの非常に薄いセルに粘性の高い膜蛋白質を充分迅速にフローさせることに成功し、さらに酸素を系に供給できるシステムも導入して酸素還元反応を観測できることを示した。ラマンと赤外の時間分解測定の結果を総合すると、反応初期過程において、ヘムa3とHisの蛋白質ー反応サイト間の相互作用が迅速(< 1μs)に変化して酸素親和性を調整するとともに、プロトンポンプ経路上のゲートの開閉を同期して行っていることがわかった。これは実時間で共役機構が実験的に観測された初めての例である。また、フローシステムを用いて初期過程を測定したところ酸素がヘムa3に配位する前にCuBに配位して、反応開始のタイミングを調整していることも明らかになった。これらのことは、CuBからヘムa3-Hisを経てhelix Xと呼ばれるα-helixからプロトンポンプのゲートに至るまでに状況をタイミング良く伝えるリレーシステムが存在し、それらが時事刻々の状況を感知した上で適切に電子状態や構造を制御していることを示している。
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