本年度は,申請者の研究室にて製作したMALDI-TOF-MS装置とフェムト秒(fs)レーザーを組み合わせたシステムを実際に動作させ,以下の研究成果を得た.① MALDI-TOF-MS装置の作動:リフレクトロン型質量分析装置とMALDI装置を組み合わせたシステムを立ち上げ,MALDIスペクトルを測定した.脱離光はYAGレーザーの第3高調波(355 nm)を用い,引き出し電圧3 kVにおいてマトリックス剤(CHCA,DHB,SA)およびアミノ酸の信号を測定した.市販のMALDI分析装置と同様に,プロトン化アミノ酸が測定できることを確認した.② MALDIプルームへのフェムト秒照射:YAGレーザーにより生成したMALDIプルームに近赤外fsレーザーを集光し,MALDIプルーム活性化反応を誘起させた.YAGレーザーによりプロトン化マトリックスが観測される条件にして,MALDIターゲット試料から距離2ミリ程度の位置にfsレーザーを遅延時間 10μ秒程度の条件で照射した.その結果,MALDIプルーム中の中性分子がイオン化され質量スペクトルに観測され,マトリックス剤はfsレーザーイオン化により激しく断片化されて観測された.その一方でDHBについては,断片化信号に加えて親イオンDHB+が観測され,その強度はMALDI過程で生成するDHBH+より高く観測された.また,DHBとフェニルアラニン(Phe)の混合試料をターゲットとすると,MALDI過程単独では観測されなかった (Phe-COOH)+がfsレーザー照射により観測された.これらの結果は,MALDI過程ではプロトン化信号としてマトリックスや試料が観測される一方で,MALDIプルームには膨大な量の中性種が脱離・気化されているという定説を実証したといえる.また,Phe の信号に見られたように,MALDI過程のみでは十分に観測されない試料がある場合に,fsレーザーイオン化により試料を高感度に観測できるということも示している.
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