研究課題/領域番号 |
23550027
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
吉井 範行 名古屋大学, 工学(系)研究科(研究院), 特任准教授 (70371599)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | コンピュータシミュレーション / NMR / 制限拡散 / モデル化 / 生物物理 |
研究概要 |
薬物がベシクルに結合・解離を繰り返しつつベシクル内外を拡散するような複雑な運動について、新規物理モデルを構築した。また、このモデルに従い、溶液中を拡散する薬物およびベシクルの運動を再現するモンテカルロ計算手法を考案した。そこでは薬物がベシクルの表面と交差した場合に、膜透過の可否の判定を行うために、統計力学的な厳密さを保持した一般化メトロポリス法を用いた新規アルゴリズムを導入している。我々が実施したNMR測定によって得られた薬物(ここでは抗がん剤5FU分子)とベシクルの拡散係数、および5FUのベシクルへの結合・解離の速度定数をインプットとして、実際にモンテカルロシミュレーションを行った。得られた5FUの軌跡に沿って運動したとき、パルスシーケンスに伴う核のスピンの変調から求めたNMRシグナルは、実測のシグナルを非常に良好に再現しており、モデルの妥当性を示すことができた。 本モンテカルロ計算では、薬物とベシクルは、与えられた拡散係数と膜透過係数を再現しつつランダム・ウォークする質点と球としており、計算負荷は非常に小さい。それにも拘わらず薬物やベシクルの拡散係数および薬物の膜透過係数といったインプットパラメータに対するNMRシグナルを精度よく予測することができる。このことから、本手法は、拡散しつつ膜透過するという複雑な現象を反映したNMRシグナルを解析するための有効なツールとなるものと期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初予定していた (1)薬物・ベシクル系の新規物理モデルの構築、(2)そのモデルに基づいた新規モンテカルロシミュレーション手法の開発、(3)モンテカルロシミュレーションの実行、(4)モンテカルロシミュレーション結果のNMR測定結果との比較による妥当性の検証を実施することができた。この点でおおむね順調に進展しているものと考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、ベシクル表面上を側方拡散する脂質分子の運動の解析を行う。まず、ベシクル表面上で側方拡散する脂質分子の物理モデルを構築する。ベシクルはバルク中を自由に並進拡散および回転拡散する球とし、脂質分子は球の表面上を拡散する質点とする。球の半径Rは任意に設定できるパラメータとする。球自体の並進拡散係数および回転拡散係数は、Rを用いて流体力学的に取り扱う。ベシクル上での脂質分子の側方拡散係数は、球の表面上における質点の拡散係数に対応する。この側方拡散係数は任意に設定できるパラメータとする。 一方、並行してNMR測定によって得られる実測の拡散係数に対して、上記モデルに基づいた拡散係数の分離を試みる。短い拡散時間ではベシクル自体の拡散距離が短く、これに対して脂質分子の側方拡散による変位は比較的大きいため、側方拡散が支配的となる。一方、長い拡散時間ではベシクルの並進拡散が支配的になる。これにより拡散時間の変化によって、実測される見かけの拡散係数が変化する。そこでNMRで実測可能なベシクル半径Rと側方拡散係数の組み合わせをあらかじめ上記モデルを用いて抽出し、適切な半径のベシクルについて実際にPFG NMR測定を行う。脂質分子としてDPPC(ジパルミトイルフォスファチジルコリン)を用いる。NMR測定は連携研究者の岡村恵美子が実施する。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初より次年度に予定していたとおり、脂質分子の拡散についてのNMR測定を実施する。そのためにリン脂質および磁化率補正対称形NMRミクロ試料管が必要となる。リン脂質には、純度の高い試薬が必要である。リン脂質は、時間とともに加水分解がおこりやすく、リゾ体が生成する。リゾリン脂質は、それ自身ではミセルを形成し、二分子膜の動態に影響を与える。そのために、製造後間もない試料を購入する必要がある。また、磁化率補正対称形NMRミクロ試料管とは、特殊な形状をしたガラス製のNMR試料管であり、拡散測定を行うときに、対流による効果を取り除くために必要不可欠である。23年度はモンテカルロ計算およびNMRシグナル解析用のコンピュータの購入が、部品調達の事情により遅れたため、データバックアップ用のハードディスクの購入を見送ったが、24年度は予定通り購入する。
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