ベシクルという球面上に運動が拘束された分子の制限拡散運動をパルス磁場勾配(PFG) NMR測定を用いて観測することにより、ベシクル表面上での脂質分子の側方拡散係数を明らかにした。測定された拡散係数は脂質分子のベシクル上での側方拡散係数に加えて、ベシクル自体の並進、回転拡散係数が混入している。それらを分離するための理論を構築した。 また、ベシクルに対する薬物の結合・解離運動とベシクル表面上における薬物の側方拡散運動についての知見を得るために、PFG NMRおよび1D-NMRを用いてin situでの測定を行った。対象分子は実際に生理活性を有するビス・フェノールA(BPA)およびL-エンケファリンである。これにより、膜やバルクの水中での薬物の拡散係数を得るとともに、結合・解離の速度論を明らかにした。親水性のL-エンケファリンに比べて疎水性のBPAの方が高速で結合解離を繰り返している様子が明らかとなった。 さらにベシクル上の脂質分子やベシクルとの結合・解離を繰り返す薬物の運動を再現する新規のMC計算の手法を開発した。 (1)膜透過によりベシクルと結合・解離を繰り返す薬物の運動の解析については、薬物として抗がん剤5FUを用いて、(1A)ベシクルと結合・解離を繰り返す5FUの物理モデルの構築、(1B)結合・解離過程のMC計算アルゴリズムの開発、および(1C)分子の軌跡を用いたNMRシグナルの予測を行った。つづいて(2)ベシクル表面上を側方拡散する脂質分子の運動の解析においては、ベシクル表面に拘束されている脂質分子について、NMRシグナルを予測するシミュレーションの手法を構築した。ベシクルの運動を考慮した上で、ベシクル表面に拘束された脂質分子の真の側方拡散係数を明らかにした。
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