分子の多彩な性質を利用した電子デバイスが実現した場合、ある種の分子は、数十nmに数Vの電圧が印加されるという強電界下で動作することになると予想される。このとき、分子は強電界によって電子状態を変化させつつも、分子間や電極との間で電荷の授受を行い、機能を発揮しているはずである。本研究では、電極に吸着した分子の電子状態が強電界によってどのように変化するかを、より直接的に観測する手法を立ち上げて解明し、分子デバイス設計に活かすことを主題とした。研究では、試料のタイプから、分子デバイスに近い分子薄膜と、電子状態の詳細を見極めることができる単分子膜の2つに分けて、それぞれについて検討した。 分子薄膜については、軟X線吸収分光(炭素K殻吸収端など)を蛍光収量で計測する手法を導入し、有機薄膜トランジスタが動作する条件下の電子状態測定を試みた。装置は、従来の光電子検出を改め、蛍光X線検出としたことで、薄い金電極(数十nm)を透過してバイアス印加状態にある有機薄膜内部の信号を得ることに成功した。実際に、印加バイアス強度に応じたX線吸収スペクトルの変化を検出し、分子内の電場分布が分子軌道の特性に応じて異なることを見出した。 単分子膜に関する研究では、電界放射顕微鏡と光電子分光を組み合わせた手法(光励起電界放射分光)の開発を進めると共に、前者の分子薄膜の結果を踏まえた機能性分子の合成および作製した単分子膜のキャラクタリゼーションを進めた。機能性分子の合成では、所定のバイアスを印加したときにだけ機能が発現するように、官能基部分と電場勾配を担う部分を意図して結合した分子を実現し、この単分子膜中の分子配向、電子状態、および励起状態のダイナミクスについて、レーザー光電子分光等を導入して検討した。結果として、所定の印加電位でのみ動作する単分子デバイスの新たな設計指針を得ることができた。
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