オロチジンーリン酸脱炭酸酵素はピリミジン環を新規合成する過程で必須の酵素で、オロチジンーリン酸からウリジンーリン酸を生成する脱炭酸反応を触媒する。本酵素の反応加速率は、既知の酵素中でも最も大きな値を示し、本反応の特異性を説明する作業仮説として「基底状態を不安定化する事で、相対的に活性化エネルギーを低下させ反応を加速する」ことが提案されている。今回我々はこの作業仮説を理論計算の立場から検証するため、藤橋らにより決定された高分解能結晶構造を出発点として、QM/MM計算と分子動力学計算を組み合わせた複合モデリング計算を実施し、タンパク質場が酵素活性に与える影響を詳細に検討した。 天然型タンパク質においては、タンパク質の作る立体場/静電場の影響から「基質歪み」が認められ、活性化エネルギーとしては2割弱ほど、反応障壁を低下させる効果が認められた。その一方で遷移状態を安定化するタンパク質場の効果も同時に確かめられたので、QM/MM計算およびフラグメント法ベースの相互作用解析により、アミノ酸残基レベルで酵素活性に必要な残基を特定した。活性中心の主要4残基のうち、Asp70/Lys72の2者に関しては反応中間体を安定化するのに貢献する一方、Lys42/Asp75の2者は基底状態とより強く結合していた。そこで次に、特に強い相互作用を示すAsp70/Lys72の2者に関して、これら残基をアラニンに変異させた酵素反応系をモデル化し、反応自由エネルギー変化や相互作用エネルギー、反応過程における構造変化を追跡する事で、これら2残基は「静電相互作用」を介して反応遷移状態や中間体を安定化している事が確かめられた。またこの2残基に関しては、基底状態での「基質歪み」には殆ど貢献していない事実が確認出来き、結果として、活性中心に隣接する4残基の並びが巧みに反応プロセスを制御している事が明らかとなった。
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