研究実績の概要 |
量子スピン液体相や反強磁性相といった磁気的特徴のある基底状態を持つBEDT-TTF系有機モット絶縁体における"電子型強誘電特性"が近年注目されており,本研究ではその起源および磁性-誘電特性の相関関係の解明を目的として,次の3種類の化学的手法を元にした実験的研究を行なった:1.ヘテロダイマー導入(異種分子部分置換),2.重水素体部分置換,3.陰イオン部分置換. 方法1では,小さなドナー分子(MT)を1%添加した試料について最終年度に行なったESRの実験から,3K以下でスピン一重項的基底状態の形成を示唆する結果が得られた.実験精度の問題で議論の難しかった静磁化率の実験結果と良く対応し,ヘテロダイマー導入により量子スピン液体状態が壊れた状態が発現することが判明した.一方で大きな分子を導入した場合は5K以下で超伝導相が発現した.低温ESRの実験から陰イオンの価数揺動による二次的要因(キャリアドープ)の可能性が排除され,添加量に対する電気抵抗の系統的な振る舞いとあわせて,化学圧力の増大またはクーロン力の弱相関化が生じていることがわかった.不純物添加によって超伝導相が発現する例はクリーンな有機伝導体では珍しく,今後の研究展開が望まれる.方法2における誘電率測定を最終年度に行ない,方法1での誘電率に現れた乱れの効果と比較検討した.最も乱れの大きな重水素体50%置換がMT2%添加と同程度の寄与と明らかになったが,磁化率測定は実験が成功していない.方法3では構造解析,磁化率,誘電率の実験を通じて,陰イオン層に由来する乱れと化学圧力効果を定量的に分離できた.特に誘電率の実験からは電場誘起される電気双極子モーメントの起源が,確かにダイマー内の電荷自由度によって生じている事が強く示唆される.
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