本研究では、スピンクロスオーバー(SCO)現象を示す鉄(II)qsal系錯体に対して、種々の化学修飾により、転移温度の高温化と共に、導電性や光スイッチング機能の発現を目指すものである。 25年度は、qsal系にベンゼン環を導入したHqnal系における、置換位置の違いによるSCO特性への影響を明らかにすることを目的とした。従来用いてきたHqnal-21 (N-(8’-quinolyl)-2-hydroxy-1-naphthaldimine)配位子ではその鉄錯体[Fe(qnal-21)2]は260 K 付近でSCO特性を示すことが明らかになっているが、ベンゼン環の位置が異なるHqnal-12 やHqnal-32 を用いることにより得られる鉄錯体ではいずれもSCO特性を示さず、[Fe(qnal-12)2]•C6H6では極低温で弱い強磁性相互作用を示すのに対して、[Fe(qnal-32)2]では、低温までなだらかな反強磁性相互作用を示した。これらの磁性の違いは、結晶構造およびパッキングの違いを反映しており、qnal-21錯体では、平面性3座配位子のπ系が鉄への配位部位の反対側に拡がっていることから、隣の鉄錯体の配位子と容易に1:1でπ-π相互作用ができ、配位子の平面性が高く保たれているのに対して、qnal-12錯体やqnal-32錯体では、配位子が隣の2分子の鉄錯体と別々にπ-π相互作用を形成するため配位子の平面性が保たれておらず、このことが中心金属への配位子場を弱くし、結果的にSCO特性を示さなかったものと考えられる。 これらの知見は、これまでに得られた水素結合の重要性と合わせて、今後、室温付近でヒステリシスを有するSCO特性を示す新材料開発において重要な示唆を与えるものである。
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