ジアリールエテンの光スイッチングにおいて生じるモルフォロジー変化を活用する上で,分子を構成する骨格において開環体と閉環体のパイ系の特性が大きく異なる場合には,光反応性には大きな変化が現れるため,汎用的な機能材料として活用する際には問題となることが予想される. そこで今年度は,ドナー-パイ-アクセプター構造を有するチオフェン3量体のパイ系が光異性化によって,大きく構造変化を誘起するジアリールエテン誘導体を合成し,その光反応挙動から本課題に最適なフォトクロミック分子の構造を解明する試みを行った. ターチオフェンをアリール基として導入したジアリールエテン誘導体に対してニトロ化を行うと,ターチオフェンの両端のアルファ位に二カ所に対して,硝酸アセチルで穏やかにモノニトロ化すると2つの構造異性体が得られた.この2つの分子について光反応特性を評価すると,低極性溶媒中では両者とも可逆的なフォトクロミズムを示すが,極性溶媒中で一方の異性体については,紫外光照射による着色が起こりにくくなった.それぞれの分子について量子収率を測定すると,極性溶媒では閉環量子収率が著しく低下することが分かった.この原因としては,ターチオフェンがニトロ基を導入することによりドナー・アクセプターを有するパイ系になったことで光励起における溶媒の極性変化の影響を受け易くなったことが考えられる.一方で,極性溶媒中の光定常状態における変換率は,2つの位置異性体で3倍程度の差が生じた.これはそれぞれの閉環体由来のパイ系におけるニトロ基の有無で分子内分極に違いが生じ,光開環反応が受ける溶媒効果の差が反応性に現れたと考えられる.これらの結果から,フォトクロミズムによるパイ系の切断-再結合を活用する機能性分子を設計・合成する際には,分子の拡張方向による反応性の違いを考慮する必要があることが明らかとなった.
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