研究課題/領域番号 |
23550170
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
山本 薫 分子科学研究所, 物質分子科学研究領域, 助教 (90321603)
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研究分担者 |
近藤 隆祐 岡山大学, 自然科学研究科, 准教授 (60302824)
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キーワード | 有機伝導体 / 分子性固体 / 強相関電子系 / 強誘電体 / 電子型強誘電 / フラストレーション / 非線形光学 / ドメイン |
研究概要 |
我々は,有機伝導体α’-(BEDT-TTF)2IBr2塩が反強誘電的な中間相を経て自発電気分極する強誘電性物質であることをしめしてきた。平成24年度の研究では,この物質の単結晶を試料として誘電スペクトル測定を行い,異方性や電場印加効果の検討を行った。実験の結果,中間相を導く反強誘電性転移点より低い温度領域 [T<206 K (=TAFE)]のデータに顕著な周波数分散が観測され,予備的実験結果が再現された。この信号はすべての偏光成分に現れており,温度低下に従って減少する一方,強誘電性転移点であるT~159 K (=TFE) においてアノマリーを示さなかったことから,強誘電性による巨視分極形成と無関係なMaxwell-Wagner効果によるものと考えられる。10kHz以上の周波数では,この周波数分散が抑制され,TAFEからTFEにかけて平坦な温度依存性が観測された。このような温度依存性はドメイン構造をもつ強誘電体がしめす挙動に類似しており,反強誘電的な中間相において何らかのドメイン構造が発生していることが示唆される。研究計画当初,強誘電転移点TFEでは長距離分極の揺らぎに伴う大きな誘電異常が観測されると期待していたが,実験結果によればどの方位にも顕著な異常は発生しなかった。このことは,電子型強誘電体の分極はごく小さいことを意味し,容量素子として利用する場合の課題である信号遅延を抑制できることから,高速電子素子への応用に適した強誘電体であることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の目的は,特異な誘電特性を示す有機伝導体を薄膜化することで高電場印加や光との相互作用を効率化し,新しい機能性の開拓を行うことにある。薄膜化の効果の評価には誘電率の非線形性を測定する予定でいたが,単結晶の誘電率測定を試行したところ,誘電率測定が比較的容易なはずの絶縁性が高い塩においても残留伝導度の影響が大きく,試料の本質的な誘電率の評価が困難であることが分かったため。
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今後の研究の推進方策 |
上記実験で観測された誘電応答は熱活性型モデルであるArrheniusの式でよく説明できたことから,その支配的成分は残留伝導電子によるMaxwell-Wagner効果である可能性が高い。実験は類似物質に対して他のグループでも実施している標準的な方法で行っており,もし信号の主成分がこの効果によるものであれば,通常の測定法では試料本来の誘電率を観測できないということを意味しており実験結果の意味は重い。当初の計画では,試料に強電場を印加しやすい薄膜の作製を行い分極反転など強電場効果を観測することを主目的としていたが,線形誘電率の評価・正しい理解はその出発点として不可欠であるため,誘電率の正しい測定法の確立のための研究を薄膜の作製に先行して行う。
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次年度の研究費の使用計画 |
試料本来の誘電応答とは無関係であるMaxwell-Wagner効果を回避して実験を行うために は,この擬似的な誘電応答の発生原因となっている残留伝導電子の界面への蓄積を抑制することが鍵となる。このために,平成25年度の研究では,有機の単結晶試料に,種々の金属を真空蒸着して良質な電極を作製し,界面準位形成の様子を誘電率測定によって見極める。補助金は有機結晶試料に過大な熱を加えることなく金属を蒸着するための真空蒸着装置の整備に充当する。
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