研究課題/領域番号 |
23550240
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
大越 豊 信州大学, 繊維学部, 教授 (40185236)
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キーワード | 繊維構造形成 / PET / ポリエステル繊維 / 中間相 / smectic / 強度 |
研究概要 |
高速紡糸・延伸などにより配向した高分子材料は配向結晶化を起こし、強度・弾性率などが顕著に増加する。しかし高強度の繊維では、分子の配向や結晶化度はほぼ飽和する。したがって繊維・高分子材料のさらなる高強度化を考える際、その指針として有用な構造パラメータが求められていた。本研究では、SPring8の超高輝度X線ビームとレーザー加熱延伸技術を組み合わせることにより、繊維構造が形成される過程を100マイクロ秒程度の時間分解能で測定できることを利用して、ポリエステル繊維の繊維構造形成初期に出現する中間構造に注目し、繊維強度を向上させる際に有用な指針となる構造パラメータを抽出することを目的とする。より具体的には、いわゆる溶融構造制御が繊維強度の向上に有効であることはこれまでにも知られていたが、そのメカニズムが必ずしも明らかになっていなかった。本研究では、繊維構造の形成過程を解析することによって、この繊維強度向上のメカニズム解明を目指す。これまでの研究により、ネック延伸後0.1ms程度から1.0msほどまでの時間帯に中間相が観察され、結晶成長に伴って消滅することがわかっていた。また、この中間相にsmectic相によるフィブリル状構造が含まれることもわかっていた。今年度の研究によって、中間相形成初期の小角X線散乱像にX状のパターンが観察されることが新たに発見された。さらにこのX状のパターンの強度とsmectic相の量(強度)の比は一定ではなく、紡糸・延伸条件に依存することがわかった。すなわち、PS成分と海島複合紡糸することによって、X状のパターンが明確に観察されるようになる一方で、smectic相に対応する回折の強度は小さくなり、結晶化が始まるタイミングも早くなった。以上の結果より、中間相を解析することによって、溶融構造制御の効果を検証できることが実証された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は、比較的研究が進んでいるPETについて、PS海成分との海島複合溶融紡糸の効果について解析を進めた。すなわち、PS成分と複合することによって、溶融紡糸過程でPET樹脂に印可される応力を低下させた状態で巻き取った繊維について、連続的にレーザー延伸した際の繊維構造形成過程を調べるとともに、得られた繊維に関して繊維構造を解析し、物性を評価した。 本課題の実験はSPring8の超高輝度X線源を使用してを実施している。昨年度2011B期の実験装置使用申請が不採択になったことによって、ベンディングマグネット光源での実験ができず、実施が半期遅れた。しかしこの研究計画の遅れは、今年度2012A期の使用申請が採択されたことで回復し、さらにこの結果を元に実験条件を精選して、2012B期にはアンジュレーターを組み込んだ超高輝度X線源(FSBL)を使った実験に進むことができた。アンジュレーター光源を利用することによって、よりS/N比が高く、時間分解能にも優れたデータを短時間で取得することに成功した。 S/N比と時間分解能の飛躍的な改善により、中間相の出現、消滅のタイミングや強度を定量的に評価できたのみならず、その現れ方の差異によって、いわゆる溶融構造制御等の構造差が繊維構造形成過程に及ぼす効果をこの時点で検証できた。特に、中間相の状態を、子午線上の(001')面回折に加え、初期に現れるX状の散乱、4点散乱、ストリーク状の2点散乱という構造因子の組み合わせで表現できることがわかってきたことは、延伸前繊維に与えられた加工履歴の影響を解析し、また得られた繊維の物性・特に繊維強度を推定・設計する上で画期的な発見と考えている。 以上のことより、研究が当初計画を超えて進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、溶融構造制御手法として、実生産上、より重要性が高い溶融紡糸速度(巻取速度)とレーザー紡糸の影響に注目して解析を進める予定である。すなわち溶融延伸倍率および溶融体の粘度を変えることによって、溶融紡糸時の糸張力を制御したas-spun繊維を作成し、この繊維を連続的にレーザー延伸した際の繊維構造形成過程について、本年度同様のアンジュレーター光源を使って解析を進めると共に、得られた繊維に関して構造・物性を評価する予定である。前者では特にフィブリル状構造の量と状態、後者では特に引張強度に注目し、両者の間に成立する関係を解明する予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
上記の様に2011B期のSPring-8の実験装置使用申請が不採択だったため、前年度予算には未使用額が生じたが、2012A期に同使用申請が採択されたことにより遅れを取り戻し、未使用研究費もこの際に使用した。最終年度である次年度も、研究費の多くはSPring8での実験に要する旅費および装置運搬費用に使用する予定である。 次年度は、年度後半(2013B)に2回の実験を予定しており、そのうち1回は予定通り実施できることが決まっている。これらの実験のために計上されていた旅費および装置運搬費用も予定どおり使用する予定である。この他、次年度予算には、当初計画どおり、研究論文の英文校正費用および若干の消耗品の費用を見込んでいる。
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