研究課題/領域番号 |
23560027
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研究機関 | 石巻専修大学 |
研究代表者 |
吉原 章 石巻専修大学, 理工学部, 教授 (40166989)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | ブリルアン散乱 / スピン波 / 交換相互作用 / 磁気異方性 / Co-Al-O / Fe-Al-O / 超常磁性 / 強磁性 |
研究概要 |
申請者はこれまで20年以上にわたりブリルアン散乱法を駆使して磁性膜中に熱励起されたスピン波を研究してきた。ブリルアン散乱法によれば、スピン波振動数の磁場変化測定から磁性膜の基本磁気定数の組(交換相互作用定数・磁気異方性定数・飽和磁化・磁気回転比)を定量的に決定できる。申請者と共同研究者はTM-Al-O (TM=Fe,Co) 強磁性グラニュラー磁性膜について、交換相互作用定数の逆二乗と電気抵抗の間に比例関係と、100K以下で電気抵抗率に対数発散項が現れることを報告したが、これらの起因は不明である。 金属磁性膜のブリルアン散乱はシグナルが弱いため、室温でも1時間以上のスペクトル積算が必要である。ブリルアン散乱の一般論によれば信号強度は絶対温度に比例するため、低温ではさらに長時間のスペクトル積算が必要になる。そのため、金属磁性膜試料の低温測定は殆ど報告されていない。申請者は平成22年度に長時間低温を維持できる無冷媒式冷凍機を入手し、この冷凍機に磁場中測定に用いるための改造を施し、最大磁場4 kOeにおいて最低到達温度10Kを達成した。本研究では、TM-Al-O(TM=Fe,Co)グラニュラー磁性膜の低温スピン波測定を行い、逆二乗則および対数項の起因解明を目的とする。 平成23年度は東日本大震災により実験機器へ甚大なダメージを受けたためほぼ1年近く研究停止状況に追い込まれたが、平成24年4月時点でほぼ研究再開可能な状態に復帰した。超常磁性Co-Al-O膜について室温から15Kまでの任意温度・磁場中でブリルアン散乱測定による磁気励起振動数の磁場‐温度変化の測定を再開した。現有装置を用いて15Kで4時間にわたるスペクトル積算を達成し、磁気励起スペクトルを観測することに成功した。この結果、強磁性膜についても室温から15Kまでの任意温度・磁場中でブリルアン散乱測定が可能であると判断する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
平成23年3月11日に発生した東日本大震災の震度6の本震とそれに続く巨大津波により石巻市は広範囲で大きな被害を受け、4月9日にも震度6の巨大余震に襲われた。大学自体は津波の直接被害からは免れたものの、実験機器や研究室は2分近く続いた震度6の揺れに曝されたため甚大な被害を受けた。申請者は申請課題研究の前倒し実験中に被災し、強烈な揺れに身動きも出来ないまま、停電で装置が次々と止まるのを見ているだけであった。 震災直後から大学は石巻広域地域への救援・支援センターとなり、研究教育活動は完全に停止し封鎖状態となった。津波被災を受けた石巻市街のライフライン復旧は捗らず、大学が再開したのは5月末であった。教育活動再開を最優先課題としたため、実験室の復旧に着手できたのは6月末であり、実験装置の被害状況把握から開始した。申請研究の中心機器である超高感度タンデム型ファブリ・ペロー干渉計は長期間の停電と揺れによる装置の移動により光学系の調整が完全に崩れていた。光源の固体レーザーは内部共振光学系がずれて出力低下とモード不安定を生じ、アルゴンレーザーは破損してもはや光源として使用できる状態ではなかった。 分光器は申請者が自作した装置であるため再調整を全て自分でやらねばならず、レーザーの不調、更に夏季休暇期間も大部分が講義期間に振り替えられたこともあり、再調整は遅々として捗らなかった。固体レーザーはメーカーに送返して修理し、震災前の状態に完全に戻ったわけではないが、課題研究を遂行できる状態に復帰したのは平成24年4月に入ってからであった。申請課題の中心テーマである低温測定に不可欠な無冷媒式冷凍機一式と真空装置に大きな損傷が無かったことが不幸中の幸いであった。 未曾有の大震災をまともに受けたため、平成23年度は実質的に実験装置の復旧に費やさざるを得ず、当初の研究計画がほぼ1年近く遅れることとなった。
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今後の研究の推進方策 |
本申請研究では研究期間を3年とした。これは、地方私大では研究に費やせる時間が限られるため、研究計画段階で余裕ある研究期間の設定が研究目的の達成に重要であることを学んだためであった。今回は不幸にして大震災に見舞われたが、今後震度6クラスの大余震がなければ、残り2年の研究期間で申請研究目的の達成は可能である。 第2年度の平成24年度は当初研究計画に従い超常磁性Co‐Al‐O膜の磁気励起散乱実験を行う。既に震災前に測定には着手しており、室温での磁場変化測定は終了した (2011年9月日本磁気学会にて発表)。現在、室温から15Kの温度範囲で磁場中冷却測定が進行中であり、15Kでは室温に比べ約50%の振動数増加が観測された。夏季休暇期間に集中実験を行い、9月中をめどに0~4kOe,300~15Kの範囲で磁気励起振動数の磁場‐温度変化を測定し、超常磁性膜における微粒子磁化の凍結過程とその動力学を解明する。 申請者は東北大金研・電磁研と共同研究を行い、強磁性グラニュラー膜の磁化曲線に関して全く新奇な実験結果を得た。すなわち、強磁性Fe‐Al‐O膜では保持力が殆ど温度変化を示さないのに対し、強磁性Co‐Al‐O膜では保持力が100K以下で対数的に発散する。室温では軟磁性膜として振る舞うが、低温では軟磁性を失う。この研究成果は韓国釜山で開催される国際磁気学会ICM2012で発表予定である。何故電気抵抗と保持力に対数項が現れるのか、そして両者の相関関係の有無は大きな謎であり、未知の変数が存在している可能性がある。この新奇な現象の起因解明には低温での磁性膜の基本磁気定数決定が必要であり、ブリルアン散乱が非常に重要な役割を果たすと期待される。平成24年度後半は強磁性膜の低温スピン波測定に着手し、300~15Kの温度範囲でスピン波振動数の磁場・温度変化を測定し、基本磁気定数の温度変化を決定する。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成23年度は東日本大震災により損傷を受けた実験機器の復旧に時間を費やしたため、申請課題研究へ取り組むことができず、交付研究費のうち約80万円を繰り越す結果になった。平成24年度は新規交付額100万円と繰越金約80万円を併せ、改めて課題研究の目的達成への取り組みを開始する。 震災前は励起光源として空冷式DPSSレーザー(Laser Quantum社製Torus 532/50mW)と水冷式アルゴンレーザー(NEC製 GLG3200)を用いていた。水冷式アルゴンレーザーは波長515nm(緑)と波長488nm(青)の光源として便利な反面、大量の冷却水と200V/30Aの大容量電源が必要であり、実験装置としてのランニングコストは高い。不幸にして今回の震災でアルゴンレーザーのレーザー管が破損し、光源としてもはや使用できなくなってしまった。スピン波ブリルアン散乱の効率(強度)は励起光波長に敏感であり、使用波長により信号強度が大きく変化する。従って、複数の色の異なる光源を準備しておくことが実験目的達成のために重要になる。Torus 532はアルゴンレーザーの緑色光の置換用として準備したものであるが、青色励起光が欠如するという事態は深刻である。そこで、新規交付分と繰越分を合わせて、新たに波長473nmで発振する空冷式DPSS(昭和オプトロニクス社製JUNO473nm, J050BS-18-11-11/50mW)を1,400,000円で新規購入し、青色励起光を確保する。空冷式DPSSレーザーは高効率であり、50mW以上の出力が100V/3Aの電源で実現できる。長時間の連続運転が要求される我々の実験には最適な光源である。 平成24年7月8日から13日まで韓国釜山市で開催される国際磁気学会(ICM2012)に参加するための外国出張経費を申請する。
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