本研究では,高齢者の剖検例における頸動脈の標本を用いて,粥状動脈硬化病変部であるプラークの内膜側に相当する線維性被膜の力学的情報と病理学的情報との関係を調べた. 単軸伸展試験では,頸動脈の内膜側から管軸方向の帯状試験片を用意した.試験片はつかみ具間距離4mm,幅1mm,厚さ1mm弱の寸法で,摂氏37度の生理食塩水中で,ひずみ範囲10%の予負荷の後,ひずみ速度1%/sで鉛直方向に伸展した.試験片表面には粒子を付し,ひずみ解析に用いた.試験対象は白色プラーク及び黄色プラークの線維性被膜,発達した脂肪斑,正常領域の3種類に分類した.伸展試験の結果,線維性被膜は正常領域に比べて著しく硬化し,ひずみ量が顕著に減少し,応力が顕著に増加した.応力50kPaでの平均のひずみ量は,線維性被膜,発達した脂肪斑,正常領域の順に,0.1未満,0.1程度,0.2以上であった. プラーク内膜側の組織学的評価を行うため,コラーゲン量をPico-Sirius red染色の光顕観察で,I型コラーゲン量をPico-Sirius red染色の赤の偏光像観察で,エラスチン量を修飾Movat染色の光顕観察で調べた.その結果,線維性被膜ではコラーゲンとI型コラーゲンの量が多く,エラスチン量が少なく,正常領域での量と逆の傾向であった.この組織成分量と変形特性を定量的に関係づけることで,プラークの破裂などを推定する上での基礎的情報を提供できる. 数値シミュレーションに関する研究では,高齢者の正常な頸動脈を3層に分離し,それぞれについて円周方向の単軸伸展試験を行って非線形弾性特性の同定を行い,残留応力解放形状を初期形状とした生理的負荷条件での有限要素解析を実現した.また,別の解析では,脂質コアを有する頸動脈の3次元の有限要素解析を行った.その結果,生理的負荷条件下での脂質コア内の流体圧は血圧に比べて著しく低かった.
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