研究課題
本研究は,高ずり速度下におけるCTAB/NaSal系の界面活性剤水溶液の,長時間持続する性質をもつミセル高次構造体の形成過程とその構造を,偏光イメージングによる可視化により明らかにすることを目的としている.平成23年度は,偏光顕微鏡と偏光イメージングカメラを利用した撮影システムを構築し,マイクロ流路内の障害物を通過する流れによって生じたミセルの配向による偏光状態の変化を撮影することを試みた. 本研究の撮影システムの特長は,1回の露光による撮影画像1枚を用いて,偏光度や偏光長軸方向などの分布を解析できることである.これは偏光顕微鏡の光源をLEDストロボ光源に改造し,撮影に偏光イメージングカメラを用いることによって初めて可能となった.従来方式のシステムでは,顕微鏡光学系に組み込んだ偏光子の方向を切り替えながら撮影するため,時間変化する現象の測定は原理的に不可能であった.非定常流れにも対応できるという点で,本システムは,最先端といえる. マイクロ流路内で長時間持続するミセル高次構造体を作成するため,先行研究に倣ったガラスマイクロビーズ充填流路と円柱群を配置したPDMS製の流路を作成した.マイクロビーズ充填流路では,Kozeny-Carmanの関係式に基づくずり速度が文献の条件と同程度まで送液できた.流路厚さ68μmの流路で,比較的高い流量で送液に伴う偏光長軸方向の変化を捉える事ができ,ある程度光路長があれば,本研究の撮影システムで観察可能であることがわかった. マイクロビーズ充填流路および円柱群配置流路のいずれでも,先行研究でこれまで公表されている情報が十分でなかったこともあり,長時間持続するミセル高次構造体の生成は確認できなかった.一方,18Gの注射針から実験流体を噴出させたときに,流れを止めても残存する高次構造体を偏光イメージングシステムで確認した.
2: おおむね順調に進展している
偏光顕微鏡の納入が,ドイツからの輸入に時間がかかり,当初の計画より1ヶ月半ほど遅れたが,メーカーから光源部分のみを先に借りることができ,納品を待つ間に顕微鏡光源の改造について具体的に設計を進めることができた.このため,顕微鏡納品後すぐにLEDストロボ光源に移行することができた.偏光イメージングカメラを取り付けた後も,輝度調整のためLEDストロボ電源の改造が必要になったが,12月末までには計画どおりの性能をもつシステムを完成させることができた. マイクロ流路について,高流量での実験では,予想されたとおりPDMSとガラス基板の自己吸着では漏れが発生した.今回,Liquid PDMSによるボンディングや流入ポート部の接着方法を改良し,支障無く実験できるようになった. マイクロビーズや円柱群まわりでのミセル高次構造発現についての偏光イメージング計測によるデータ蓄積はまだ十分ではないが,平成24年度に計画していた円柱群まわりの流跡線についてのデータは前倒しで平成23年度に得られている. 平成24年度に計画している界面活性剤水溶液のモル比を変化させる実験について,円柱を配置した拡大模型に相当する流路で行った別の実験で,モル比によって流れの非対称性や非定常性が生じる場合があるという実験結果が平成23年度に得られたことから,本研究にこの結果を反映させることができる. 以上より,研究の目的の達成度を,おおむね順調に進展していると評価する.
平成24年度は,円柱群を通過する界面活性剤水溶液の流れを中心に,長時間持続するミセル高次構造体の形成と流れ場との関連を調べていく予定である.円柱群を配置した流路を用いる理由は二つあり,一つ目は,先行研究で,流路中の円柱の数が正確に明らかではなかったのが,平成24年1月に同じグループが発表した論文で初めて全体の円柱の数が明らかになったためである.平成23年度に行った実験で用いた流路中の円柱の本数では高次構造体形成には不十分と考えられるため,早急に円柱の数を3倍に増やした流路を用いて実験を行う.二つ目の理由は,平成24年度は界面活性剤水溶液のモル比を変化させることを計画しているが,平成23年度中に行った円柱を用いた拡大模型に相当する別の実験で,モル比によって流れの非対称性や非定常性が生じる場合があることがわかったためである.このほかにも,マイクロビーズ充填流路の場合には,マイクロビーズが流れによって抜け出やすいことや,ガラスビーズの屈折により,偏光状態に若干影響する点からも,円柱群を配置した流路のほうが扱いやすいという点がある. 平成23年度に得られた結果から,流れによる偏光状態の変化の観察のためには,流路厚みがある程度必要であることがわかった.このため,平成24年度は,比較的厚みのある流路を製作するため,厚膜用のフォトレジストやワイヤー放電加工による流路作成も試みる.また,実験中の温度管理が重要であることがわかったので,平成24年度には,局所的に温度管理できる装置の導入を計画している.
平成24年度予定額600,000円のうち,消耗品費として170,000円(フォトレジストおよび現像液に80,000円,PDMSおよび硬化剤に20,000円,試薬類に60,000円,ガラス基板に10,000円)を予定している.また,実験中の温度管理のためのスポットエアコンおよび簡易型フードに100,000円を予定している.さらに,資料収集,成果発表のための国内旅費および学会参加登録費として330,000円を予定している.