本研究は、①都市街路の物理的な形態と構造、②歩行者と街路沿いの施設との社会的・経済的な相互作用という二つの要因を織り込んだ歩行体験シミュレーションモデルを作成し、より実態に近い形で街路空間と歩行者流動の関係を考察するものである。都市空間を簡略に表現するものとしてエッジに属性を付与したネットワーク構造を用い、また、そこでの歩行者の挙動をマルチエージェントモデルで再現している。これらふたつの手法を補完的に組み合わせることにより、よりミクロなレベルでの歩行者流動を想定し、よりリアルな形で歩行者の挙動や行動様式をモデル化している。こうしたモデルは、街路をリニューアルしたときの影響や、あるいは、新たな街作りを計画する際に、安価で操作が容易なシミュレーションモデルとして有用なものである。 最終年度は、東京近郊の私鉄駅前商店街を対象に、駅を出発点にして商店街を巡り、最終的に駅に戻るサイクル路を設定して、歩行者がそれぞれの経路を移動する際にどのような事象と出会うかについて調べている。中規模の商店街でも、駅を始点として再び駅に戻るサイクル路は理論的に数百万通りになるが、所要時間や歩行距離に制限を設けることにより経路を絞り込んでいる。街路が有する属性として、商店の種類や店の間口、営業時間、対象年齢層等を選び、また、物理的な環境が歩行者に与える影響を計る指標として、情報量(店舗構成の意外性を示す指標)と店舗影響量(歩行者と街路属性との距離と角度により決まる影響量の指標)のふたつを考案し、移動に伴いこれらがどのように変化するかを調べて、街路毎の特性を明らかにしている。本シミュレーションモデルにより、街路の物理的な設定が歩行者に与えるインパクトを定量的に調べることが可能になっている。街路の属性が誘発する賑わいと歩行者流動の関係性を明らかにすることは、地域計画学として有用な知見と考えている。
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