研究課題/領域番号 |
23560765
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
中江 研 神戸大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (40324933)
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キーワード | ドイツ / モダニズム / ジードルンク / 住宅政策 / 戦間期 |
研究概要 |
2012年度は前年度から引き続き,1920年代後半から30年代初頭の国会議事録,ライヒ労働省,内務省等の公文書の資料整理・分析を進めた。今年度は特に住宅政策に強い影響を及ぼしたと考えられる1927年にドイツ全土で実施された全国住宅調査以降の住宅政策の分析をおこなった。 これと関連して,19世紀末から住宅法の制定に向けて運動を推進してきたドイツ住宅改革協会が,1927年に「高層建築か,それとも低層建築か[Hochbau oder Flachbau]」を主題として開催した会合について,その講演録から同協会において住宅がどのようにあるべきと考えられたのか,その会合での議論の内容について分析・考察をおこなった。このなかでW.リュッベルトは低層から高層まで6つの開発モデルのコスト比較をもとに低層住宅が優位であることを示したが,その算出過程を子細に検討すると恣意的な部分もあったことがわかった。会合では建設コストの算出根拠が十分に示されないまま議論がなされ,リュッベルトの見解に対して異論も出されたが,会合の決議文には,低層建築が選択されなければならないことが明記され,会合の公式見解となっていったことが明らかとなった。 またワイマール期初期の労働者住宅の理念について,ペーター・ベーレンスとハインリッヒ・デ・フリースの共著『倹約建築について』(1918年)に着目し,分析をおこなった。この著書では労働者用住宅地は企業家が被雇用者に対して慈善的に与える社宅としてではなく,労働者の収入に見合った費用による建設を追求すべきことを主張されていた。ベーレンスはAEG社の社宅を設計した建築家であるにもかかわらず,第一次大戦後には,企業パターナリズムから脱却するために,労働者用住宅の建設費の低減が追求されるべきとする理念を彼が有していたことを見い出すことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
交付申請書に記載した研究主題の一つである,建設と住宅のための全国経済性研究会(RFG)における議論と実践の把握については,住宅の建設費の削減という観点でRFGが結成される以前の実践と比較するため,ドイツ倹約建設促進協会の資料収集と分析を進めている。ペーター・ベーレンスの著作の分析もその一つであり,これについては2013年度の日本建築学会大会で報告予定である。 同じく交付申請書に記載した研究主題の一つである,高層低層論争における低層派の理論的基底をなす土地利用計画理論の把握については,上記のペーター・ベーレンスの実践的提案について分析・考察をおこない,ベーレンスの労働者向け住宅地計画には,空地,特に庭を広くとることが労働者の生活の経済性を高めることにつながるとの彼の見解が反映されていることわかったが,この見解には都市計画家のマルティン・ヴァグナーの理論の影響があることも把握された。 また昨年度から追加した主題として取り組んだ国会議事録等の資料をもとにした住宅政策の分析では,1927年にドイツ全土で実施された全国住宅調査以降についての分析のまとめを,2012年11月に京都大学で開催された分離派100年研究会において発表した。 このような知見を得られたことで,おおむね順調に進展していると判断している。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題では,ワイマール期ドイツの労働者向けの大量住宅供給に関して,建築を取り巻く社会状況をふまえた住宅建設についての理論と実践の史的展開の解明を目的として,これまでドイツ国会,ライヒ政府,建設と住宅のための全国経済性研究会(RFG),ドイツ住宅改革協会等における議論を中心に分析をおこなってきた。今後はそれによって得られた知見を,補足的な調査を加えながら,史的展開として相互に関連づける作業を進め,取り纏めをおこなう予定である。 またこれまで進めてきた分析がワイマール期の後期に偏っているため,ワイマール期初期のドイツ建築界の動向に詳しい研究者を研究分担者に加え,研究を進める予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
昨年度から繰り越した研究費については,その一部はドイツでの文献資料収集を予定していたものがデジタル情報としてWEBで公開されたり,ドイツのILLシステムSubitoや古書購入で入手できたことで,資料収集の渡航期間を短縮できたことによる。またドイツでの文献調査および現地調査用にデジタルカメラの購入を予定していたものを,2013年度の現地調査時に合わせて購入することとして繰り越した分がある。繰り越し額の一部は2013年度に1名追加予定の研究分担者の経費とする予定である。 2013年度は旅費として,交付申請書に記載しているように,RFGの実践に関してドイツの実験ジードルンクの現地調査をおこなう。またベーレンスの労働者向け住宅地計画に関して日本建築学会大会で報告をおこなう。 物品費として,2012年度に購入予定であったデジタルカメラを購入する。また研究を進める中で参照が必要となった図書やデータ整理のためのHDD,国会議事録等ドイツ語文献の検索効率化のための翻訳ソフトを購入予定である。 人件費・謝金は,成果をまとめるにあたって,当時の図書等に掲載されている図面や写真のスキャニングとその整理・図化の作業を大学院生に委託する費用に充てる。 その他として,同時の文献の収集ではドイツのILLシステムSubitoを活用しており,その送料やドイツの国会議事録の逐次検索・閲覧のためのデータ通信費を見込んでいる。
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