研究課題/領域番号 |
23570033
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
幸田 正典 大阪市立大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (70192052)
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キーワード | 顔認識 / 個体識別 / 社会的知性仮説 / 記憶 / 自己鏡像認知 / 自己意識 / 比較認知科学 / 社会的認知 |
研究概要 |
平成24年度は、タンガニイカ湖産カワスズメ,ブリチャージ、トランスクリプタス、サンゴ礁魚のホンソメワケベラを用いて室内実験を実施した.ブリチャージでは顔認識による個体識別についての追加実験、顔認識がいかになされているのかを確認する実験を行い、本種は個体変異のある顔の模様だけで、瞬時にして個体識別が出来る事がほぼ明らかにされた.この顔認識は、霊長類やヒツジ等の社会性ほ乳類での顔認識とよく似ており、今後は「注視」について調べて行く. トランスでは、社会認識の記憶時間に付いて検討した.これは魚類での社会的事象の認識についてはじめての検証例になる.まず、Winner-Loser効果が無い事を確認した上で、本種が5-7日間、勝者の対戦相手を覚えている事が示された.これは相手個体変化に対応している訳ではない.今後、相手そのものを忘れるのか、相手は覚えていても負けた事を忘れるのか、更なる検討を行う. ホンソメワケベラでは、自己鏡像認知能力を検証すべく、一連の実験を行った.まず鏡提示後数日間は攻撃的に振る舞うが、3-5日以降は鏡像に対する敵対行動はほぼ無くなること(チンパン時の場合と類似している)、2-5日に鏡像が自己像である事を確認するかのような行動が見られる事が、確認された.さらに、喉あるいは目の後ろに(本人には直接は見えない)茶色いマーク(本種の餌である外部寄生虫に似せてある)を施した所、その箇所を覗く頻度が増える事が確認され、さらにその場所を底の砂で擦る行動が見られた.この覗きや擦り行動は、透明マークを施したときや、本番の茶色マークをしているが、鏡を見せていない時には見られなかった.この事実は、本種が自己鏡像認知をしている事を強く示唆している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の予定ではホンソメワケベラは、これまでの状況証拠から自己鏡像認知をすることを予想してはいたものの実際に検証研究まで出来るかどうかははっきりしていなかった.初年、H23年度の実験において、本種が鏡像認知できる事が強く示唆され、さらにH24年度の実験からこのことが事実上実証されたと言える.動物の自己鏡像認知は脊椎動物で類人猿、ゾウ、イルカ、カササギでしか確認されておらず、今回鏡像認知が魚類でも出来る事が実証された訳で、この研究結果だけでも、当初の目的を遥かに超える成果である.このことを踏まえ、ホンソメワケベラを用いた「戦術的騙し(意図的騙し)」の検証研究に取り組み始めている.もし、このことが実験的に検証できれば、魚類ではじめてである事はもとより、類人猿以外では事実上はじめての研究となり、脊椎動物の認知研究の常識をひっくり返す程の巨大なインパクトになる.その他の認知研究においてもほぼ予定通りの成果が得られている.
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今後の研究の推進方策 |
ホンソメワケベラ(ホンソメ)の鏡像認知の検証研究を受け、ホンソメ以外での鏡像認知の有無もしくは、成功度について調べて行く.そもそも、鏡像認知に至るまでに鏡像に対する慣れや「確認行動」が見られたが、これらの行動がどうなのか、社会性の異なる複数種を対象に行う.また、当初の予定には無かったが、ホンソメの認知能力そのものに焦点を当てて行きたい.その1つが、戦術的騙しの確認実験である.これまでの野外での行動研究の論文や我々自身のホンソメの水槽での行動観察から、本種の社会的認知能力は極めて高く、文脈を読んで行動をしていると思わされる事が少なくない. 野外では、3者間の関係で、次に関係を持つ第三者に対する「嘘」を付く事は知られ、また我々自身も実際に潜水観察を行っている.詳細は控えるがこの行動文脈を再現するような実験デザインを組んで検証したい.我々はこの戦術的騙しが検証される可能性は低くないと考えている.また、死亡した個体の解剖から本種の脳の相対重量はどうやら同科魚類に比べ、高い事が分かりつつある.規模は小さいが潜水でのホンソメ行動観察や、解剖学的アプローチも実施して行きたい. この他、社会性カワスズメ類での顔認知の実態解明、学習容易性の確認等をとおし、ほ乳類やヒトの顔認知の類似性、相違性を検討して行きたい. また、協同的一妻多夫カワスズメでの雌による雄の父性認識の操作の傍証を集める.資料の蓄積の他、擬似産卵行動に雄が騙されていることの検証のため、擬似産卵での雄の放精行動と放精料の確認実験を行う.我々は、雌の擬似産卵行動時、雄は本来の産卵行動と差異の無い量の精子を出していることを予想しており、これにより雄は父性認識を操作されていることが検証できる.ホンソメ以外の研究は、当初の予定通りの進展状況である.
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次年度の研究費の使用計画 |
該当なし.
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