これまでの昆虫の休眠についての研究は、ほとんどが冬などの過酷な季節における生存率の向上など休眠の利益ばかりに注目していて、休眠が休眠後の形質に及ぼす負の影響や、休眠とその後の形質とのリンクについては重要でありながらもあまり目を向けてこなか った。本研究では多化性の昆虫を用いて、非休眠世代と休眠世代の休眠後の形質を比較することで、生活史における休眠の正の効果と負の効果を相対的に評価し、生活史の進化における休眠からの制約を明らかにしようとした。 キアゲハでは、休眠を経験して羽化した成虫は春型になり、休眠を経験せずに羽化した成虫は夏型になる。春型は夏型より体サイズが小さく、翅の黒い部分の割合が小さく、色も明るい。最終年度は、キアゲハの春型と夏型の間には生理的な側面で違いがあるのではないかという点から、体温調節について調べた。実験的に春型個体とは夏型個体を冷却し、その後に熱電球の輻射熱で加温すると、夏型は春型よりも体温上昇が速かった。この結果は、1年前に行った熱電球を使わない加温実験と逆の結果であった。春型は生理的に夏型よりも体温上昇が速いが、輻射熱下では色彩がより黒い夏型の方が速かったのである。この結果より、キアゲハの春型と夏型の形態的違いには、体温調節以外の理由、たとえば季節的に異なる保護色である可能性が示唆された。 研究期間全体を通して、イタチハギマメゾウムシでは、休眠世代の成虫は体サイズが小さく、産卵数が少ないことから休眠のコストが存在することが示されたが、キアゲハで休眠世代である春型成虫で体サイズが小さいものの、繁殖については明確な負のコストは検出できなかった。これらの結果は昆虫種によって休眠のコストの大きさが異なることを示唆している。こいずれにしても、休眠はその後の形質と密接にリンクしていることからも、生活史の進化における大きな制約となっていると考えられる。
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