研究課題
被子植物には、雌ずいに運ばれてくる様々な花粉の中から適切な交配相手を選択する機構を発達させている。アブラナ科植物では、雌ずい先端の乳頭細胞に異種の花粉が受粉した場合には、花粉の吸水・発芽が阻害され、受精が成立しない(種間不和合性)。また、同種でも自家花粉が受粉した場合にも、花粉の吸水・発芽が阻害され、受精が成立しない(自家不和合性)。これに対し、同種他家(和合)の花粉が受粉した場合には、花粉は吸水・発芽し、花粉管は乳頭細胞に侵入し、雌ずいを伸長、胚珠に到達して受精に至る。申請者はこれまでに、アブラナ科植物の花粉が、同種の雌ずいに対してその花粉の受入に必要な一連の生理反応を誘導する何らかの因子(「和合シグナル」と呼ぶ)を保持している可能性を見いだしてきた。この「和合シグナル」は、種間不和合性の機構を解明する上で鍵を握ると予測されるが、その実体については全く未解明である。本研究では、「和合シグナル」の実体を解明すること、そのシグナルにより乳頭細胞内に誘起される情報伝達系を解明することを目的として、生化学的、分子生物学的、遺伝学的解析を計画している。平成23年度は、1)「和合シグナル」アッセイ系の構築による性状解析と、2)マイクロダイセクション・次世代シーケンサーによる「和合シグナル」候補遺伝子の同定を行なった。その結果、性状解析からは、和合シグナル分子が蛋白性分子であることと、タペート組織ではCRP(cysteine-rich protein)群が非常に高い発現を示すことが示唆された。従って、本研究でえられた新規CRP群中に和合シグナル分子が含まれていることが期待される。今後、これら候補遺伝子群の機能解析と、和合シグナルにより乳頭細胞内で誘起される情報伝達系の解明を進める予定である。
2: おおむね順調に進展している
1) 和合シグナルアッセイ系よる性状解析については、これまでに、カルシウム親和性蛍光指示薬カルシウムグリーンを用たアッセイ法を用い、B.rapa花粉のシクロヘキサン抽出物中に乳頭細胞からの水・Caを排出する活性物質(和合シグナル物質)が含まれることを見いだしてきた。本年度は、この抽出画分を更にクロロホルム・メタノール処理により、脂溶性と水溶性とに分画し、活性判定を行った。その結果、脂溶性・水溶性共に活性が認められず、少なくとも和合シグナル分子は脂溶性物質ではないことが明らかになった。しかし、この抽出法では殆どの蛋白質が変性してしまっている為、蛋白性物質であるか否かは判断できなかった。そこで、花粉を水で抽出した場合にもシクロヘキサン抽出物と同様な活性が認められたため、水抽出物をゲル濾過により分離分画し、アッセイに供した。これまでに蛋白質の溶出画分で活性が認められたことから、和合シグナル分子は蛋白性分子であることが示唆された。2)マイクロダイセクション・次世代シーケンサーによる和合シグナル候補遺伝子の網羅的解析については、B.rapa葯組織のパラフィン切片より、マイクロダイセクションによりタペート細胞と花粉小胞子とを回収し、次世代シークエンサー(FLX455,Roche)により両組織での遺伝子発現プロファイルを作成した。解析の結果、両組織で発現量の高い上位200contigには、CRP(cysteine-rich protein)が10%も含まれていることが明らかとなった。CRP群には、自家不和合性因子SP11を始め、受粉から受精に至る過程において花粉の選抜に関わる因子が含まれており、今回得られた新規CRP群中に和合シグナル分子が含まれていることが期待された。
以下の4つの項目について、研究を進めていく予定である。1) 引き続き、和合シグナルアッセイ系よる性状解析を進める。和合シグナル分子の単離・同定を目指し、現在活性が認められるゲル濾過分画について、更にイオン交換や逆相クロマトグラフィーによる分離・精製を進める。また活性分画については、プロテアーゼなどの分解酵素を用いた性状解析も行っていく。2)「和合シグナル」の遺伝学的、生化学的評価を行なう。昨年度同定したB.rapaタペート細胞及び花粉小胞子において高発現であったCRP群に着目し解析を進めていく。申請者はB.rapaの柱頭上ではA.thalianaの花粉は吸水・発芽しないこと(種間不和合性)を確認している。このことは、A.thalianaの花粉表層物質中にはB.rapa型の和合シグナル物質が存在しないことを示唆している。そこで、今回得られたB.rapaのCRP群についてA.thalianaのものとアミノ酸配列の比較解析を行う。特にB.rapaとA.thaliana間でより分子進化の早いCRPは、有力な候補遺伝子と位置づけA.thalina花粉にB.rapaのCRPを発現させることで、種間不和合性が打破されるかどうかを解析する予定である。3)「和合シグナル」下流情報伝達系の生理学的解析を行なう。和合受粉時には、花粉の吸水発芽を進めるために、花粉から乳頭細胞へ水やイオンが供給されることが期待される。またそれに伴って、乳頭細胞オルガネラが大きく変動することが期待される。そこで、A.thalianaの乳頭細胞のオルガネラ(小胞体、ゴルジ体など)を蛍光標識したラインを作出する。またSEM/EDXシステムにより、受粉時の元素変動を調べる予定である。
【備品費】本研究の遂行に必要なシーケンサーや液体クロマトグラフィー、顕微鏡などについては、学外・学内の共同利用施設で利用可能であるため、備品の申請は考えていない。【消耗品費】必要経費の約60%を消耗品費に充てる。この中には、タンパク質解析用試薬、分子生物学実験用試薬、一般試薬、および形質転換実験のためのプラスチック器具等が含まれる。分子生物学実験用試薬には、RNA抽出用の試薬類、次世代シーケンサーの試薬類、形質転換用のコンストラクト作製試薬類が含まれ、プラスチック器具には、顕微鏡観察のための器具類が含まれる。また、形質転換植物栽培に必要な器材なども、植物栽培器材として消耗品で計上している。【旅費】分子生物学、生化学、生理学実験手法について、その有効な方法を確立するためには、国内・国外の学会での情報収集が必要である。そのための費用を旅費として計上している。国内学会としては、植物生理学会への参加を予定している。その他の年度については、International Conference on Arabidopsis Researchへの参加を予定している。【謝金】研究費の約10%を謝金に充てる。和合シグナル分子の分離・同定には、少なくとも一万花以上のB.rapaの花粉が必要と推定している。そこで、B.rapaの花より葯を採取するために、数名の短期アルバイトを雇用する計画である。
すべて 2012 2011
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (5件)
Curr Opin Plant Biol.
巻: 15 (1) ページ: 78-83
10.1016/j.pbi.2011.09.003
Dev Cell.
巻: 21 (3) ページ: 589-596
10.1016/j.devcel.2011.08.013
J. Biol. Chem.
巻: 286 (29) ページ: 25519-25530
10.1074/jbc.M111.254029