脊椎動物は、ホヤなどの尾索動物とナメクジウオ類の頭索動物の2グループとともに脊索動物門を構成し、脊索を持つ共通祖先からそれぞれの系統に進化した。ナメクジウオは脊索動物門の中ではもっとも早く分岐したが、ナメクジウオとヒトのゲノムの比較では、ヒトとの共通遺伝子が多く見つかった。これらの共通遺伝子のうち性ステロイド代謝酵素は、脊椎動物のすべてと無脊椎動物のうちサンゴなどの数種だけが持っている。そこでこの性ステロイドの役割をナメクジウオで明らかにすれば、脊椎動物固有の生殖現象への進化を考える上で重要な結果が得られると期待できる。 本研究は平成25年度までに、ナメクジウオの性ステロイド代謝経路のうち5α還元性ステロイド系が重要であることを明らかにした。またin vivoで性ステロイドを投与すると生殖腺に変化が見られ、産卵誘発までは至らなかったが、生殖腺の組織観察で成熟促進の効果が観察された。これらの実験過程で新規性ステロイドの存在が示唆され、その同定実験のために補助事業期間を1年延長した。しかし新規性ステロイドが極めて微量であり、類似の構造をもつであろう標準物質の入手が困難だったことから最後の構造決定まで到達できなかった。 一方で、ナメクジウオの既知の性ステロイドに対する代謝酵素の抗体を作成し、それらを使用した免疫組織化学法で酵素の局在を明らかにすることができた。さらにその局在を繁殖期と非繁殖期で比較したところ、卵巣では若い卵母細胞が酵素を産生し、精巣も若い生殖細胞である精母細胞が担っていた。脊椎動物のように酵素産生に特化した体細胞はなく、生殖細胞が分業して酵素産生と性ステロイド代謝を進めていることが示唆された。 性ステロイド代謝酵素の遺伝子発現から生理作用までの成果から、脊椎動物が性ステロイド代謝酵素の産生細胞を獲得したことが生殖制御機構の確立を促したことが示唆された。
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