研究課題
ハツカネズミ8番染色体の1 Mb領域に11つのマーカーを設置し、日本産野生ハツカネズミのハプロタイプ構造を調べた。日本列島には主要な要素であるユーラシア北方系統(musculus型)以外にもインド・東南アジア型(castaneus 型)や西ヨーロッパ型(domesticus型)も非主要な要素として含まれていた。北日本にcastaneus 型が分布することも考慮し、これらの結果は、有史以前に人類とともに最初に移入した「南方系」と呼ばれるcastaneus 型と、「北方系」と呼ばれる朝鮮半島経由で移入したmusculus型との間で浸透交雑が起きたことが強く示唆された。castaneus 型由来断片長は平均200 kbほどであったことから、1000年ほど前に浸透交雑が起きたことが示唆された。 一方,domesticus型のハプロタイプは釧路,共和(北海道),厚木でみられ,そのハプロタイプ長は1 Mb以上であった。5 Mbのウインドウで解析したところ,これらは2 Mb以上の長さに渡ることが判明した。浸透交雑の時期を推定すると数十年前となり、現代における遺伝伝子汚染の一例であることが示された。 今回のハプロタイプ構造の解析においては中央付近のマーカーに,自然選択の影響を調査する目的で毛色関連遺伝子Mc1rを設置した。塩基多様度をマーカー間で比較した結果、castaneus型 とdomesticus型の2つの亜種においてMc1r周辺領域で塩基多様度の低下が認められ、selective sweepの傾向の存在が示された。これにより、野生ハツカネズミの祖先集団において亜種分化の過程で毛色に関する方向性選択が起きた可能性が示唆された。 以上にように今回用いたハプロタイプ構造解析は歴史的な浸透交雑、現代における遺伝子汚染、さらには、方向性選択の検出において有用な手法であることが示された。
2: おおむね順調に進展している
当初計画した通り、1)野生ハツカネズミの自然史の解明、2)浸透交雑把握のための有効な手法の開発、3)自然選択検出とその解析手法の開発、といった3点において成果をあげることができた。 自然史の解明においては、日本列島へのハツカネズミの複数系統の移入が歴史的経緯の中で起きたことを明瞭に示すことができたことが今回の研究の最大の意義である。今回の知見は日本列島に有史以前に農業を持ち込んだ人類の祖先系統の推察においても参照すべき情報を提供していると思われる。また、今回用いた手法はシンテニーがあることが一般的には期待されることを考慮すると、ゲノム構造が明らかになった近縁種が存在する場合は、どの生物種においても適応可能であると思われる。 長い移入断片(例:2Mb)の存在を示唆することが、現代における遺伝子汚染の明瞭な証拠であることを今回の研究で明確に示すことができたことは評価に値するが、他の生物種に適用可能な手法を開発したことも特筆すべき点である。 自然選択の検出は一般的に難しいとされるが、今回のハプロタイプ構造解析法は、比較的簡便に塩基多様度の低下を近隣遺伝子間で比較することで調査可能であることが示され、今後、他の遺伝子領域、他の生物種での調査が今後展開されていくものと思われる。 今回の研究では今後の課題も明らかになった。組み換え率は染色体領域で一定ではないと思われ、この点を浸透交雑の開始時期の推定にどのように反映させていくかを検討する必要がある。また、ハプロタイプの推定法もPHASEというソフトに頼っており、個体によってはハプロタイプの推定が難しく、多様性のレベルが高いケースでのハプロタイプ推定法の検討も今後必要である。 いくつかの問題点もあるが、それよりも得られた成果のほうが大きいと思われ、本年度の研究はおおむね順調に進展したと評価できる。
今後は、日本産クマネズミにおける浸透交雑の実態をハプロタイプ構造解析法を用いて調査する。沖縄のクマネズミ集団には全身黒色型のものが存在し、その原因遺伝子としてアグーチ遺伝子(Asip)があげられる。全長100kbほどの長さであり、このAsip全長を活用してハプロタイプの構造を把握し、浸透交雑の実態を解明すると同時に、沖縄においてはAsipの変異と全身黒色との関連を検討する。全身黒色の責任変異を明らかにし、この変異の進化的動態をハプロタイプ内の遺伝的多様性を指標として検討を加える。 小樽産のクマネズミは全身黒色型も存在し、先の我々の研究で責任遺伝子としてMc1rを特定し、責任SNPも特定することができた。Mc1r周辺の遺伝子の塩基多様度や配列の型を調査し、浸透交雑の実態やMc1rにおける自然選択の有無について検討する。 ゲノムの解析が近縁種でも行われていないモグラ類に焦点をあて、ハプロタイプ構造解析法を適用し、地域集団間の浸透交雑について日本産コウベモグラを対象に調査を行う。
238760円分が次年度に繰り越された研究費であり、物品費の一部として活用する。
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