研究課題/領域番号 |
23570153
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
吾郷 日出夫 独立行政法人理化学研究所, 宮野構造生物物理研究室, 専任研究員 (70360477)
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キーワード | 膜タンパク質 / X線結晶構造解析 / ロイコトリエン |
研究概要 |
本研究では、炎症性疾患の治療薬やがんの発症を抑制する薬剤開発の対象タンパク質であるマイクロゾーマルプロスタグランジンE2合成酵素(mPGES1)のX線結晶構造解析を行う。X線結晶構造解析では、十分なX線回折能を持つ結晶が必要となる。昨年度までの結晶のX線回折能は不十分であった。結晶化中のタンパク質の安定性の不足と、タンパク質の末端のペプチド鎖の構造の不均一性が、不十分なX線回折能の原因との作業仮説のもと実験を行った。 結晶化中のタンパク質の安定に保つため、モノオレインの脂質相中での結晶化を行った。水和したモノオレインは結晶化の過程で細胞膜の脂質二重膜に似た相を作る。細胞の中で脂質二重膜中に存在しているmPGES1を含む膜タンパク質は、モノオレインの脂質相中でより安定に結晶化できると考えられる。mPGES1を分裂酵母の細胞膜に発現し、ドデシルマルトシドで細胞膜から可溶化した。精製の過程でドデシルマルトシドをデシルマルトースネオペンチルグリコールに置換し、約50mg/mlに濃縮した。モノオレインと濃縮液を混合し、mPGES1をモノオレインのキュービック相に再構成した。mPGES1を含むキュービック相に結晶化溶液を添加し結晶化を行った。その結果、10 um x 10 um 程度の大きさの板状結晶が成長した。この結晶は、SPring-8のマイクロフォーカスビームラインで3.7オングストローム分解能の回折点が観察された。昨年度に比べ、格段にX線の回折能が向上した。 構造の不均一性を少なくするため、カルボキシル末端の精製タグをアミノ末端に移動し、さらに精製タグとmPGES1のアミノ末端の間にタンパク質分解酵素認識配列を挿入した。その結果、構造の不均一性の原因となり得る余分に付加されたアミノ酸を2個に減らすことが可能になった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
X線回折能の改善は、モノオレインを使った結晶化で進展した。水和したモノオレインが提供する細胞の脂質二重膜に近い環境での結晶化では、生理的な環境で機能する状態により近いmPGES1の結晶構造解析が可能になると思われる。生理活性脂質であるプロスタグランジン(PG)E2は、炎症やがんの発症に関わる。mPGES1は、細胞の核膜周辺のリン脂質から遊離したアラキドン酸を材料としてPGE2を生合成する膜タンパク質である。生体中で脂質二重膜という脂質環境下で安定に存在し機能する膜タンパク質の機能は、周辺の脂質二重膜の脂質組成等の影響を受ける。この観点から、炎症性疾患やがんの発症を抑制する薬剤開発の情報源として期待される、mPGES1の三次元構造座標の解明や薬剤候補化合物の結合様式の解明は、生体膜中のmPGES1で行うことが理想である。モノオレインを使った脂質環境を基盤とするmPGES1の結晶の利用は、生体膜中で機能する状態により近いmPGES1の構造解析を可能にする。
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今後の研究の推進方策 |
より大きな結晶が成長する条件を探ることは、構造解析のスループットを考える上で非常に重要である。モノオレインの脂質環境下で成長する結晶の大きさは、一般的に言えば通常のタンパク質X線結晶構造解析で用いられる結晶に比べてより小さい。小さい結晶から十分な強度でX線回折像を撮影するためには、X線光子密度が通常より高いX線を使い、小さな結晶に十分な数のX線光子を導入しなければならない。十分な光子密度のX線を利用できる放射光施設のビームラインの数は限られており、十分なビームタイムを確保することが難しい。X線回折実験の効率的な実施のためには、1辺が約10 umのごく薄い板状結晶を改良し、1辺が100 uM程度まで大きくすることが望ましい。より大きな結晶を成長させる条件を探索することが肝要である。 本研究では、基質や阻害剤との複合他結晶構造解析を視野に入れている。基質や阻害剤との複合体の構造情報は、in silico screeningによる新規阻害剤の探索や、既知の阻害剤の構造最適化の重要な情報源となる。mPGES1は、チオール基が触媒中心になる水溶性のグルタチオンを活性部位に結合すると同時に、基質として脂溶性の高い不飽和脂肪酸のアラキドン酸も活性部位に結合する。阻害剤の複合体構造解析では、阻害剤は十分高い占有率でタンパク質の活性部位に結合する必要がある。モノオレインの脂質環境は、脂溶性の高い阻害剤を水溶液に比べより高い濃度で溶解できると期待される。この利点を生かし、脂溶性の高い既知の阻害剤との複合体結晶構造解析も目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究費は基本的に実験用の試薬と消耗品の購入に充てる。 本研究では、細胞膜に埋まっている膜タンパク質のX線結晶構造解析を行う。X線結晶構造解析で用いるタンパク質は精製されていなければならない。膜タンパク質の場合、脂質を主体とする細胞膜から界面活性剤によって可溶化しなければ精製する事が出来ない。膜タンパク質の可溶化で用いる界面活性剤は高価である。また、結晶化で使用するモノオレインも高価である。これらに加えて、膜タンパク質を酵母を使って発現する際の培地を調整する為の試薬、精製用のカラムや樹脂等を購入する計画である。平成25年度より研究室を移動する。その準備のため実験期間が短縮されたことにより発生した次年度使用額もこの購入計画に含め使用する。
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