研究課題
気道の表面では粘液ムチンが産生されて粘膜を形成し、機械的な生体防御を行う。しかし粘液ムチンの産生が多すぎる場合には気道の閉塞につながり、喘息の症状が悪化する。このことからムチン産生の機構を明らかにし、制御することが可能となれば、喘息や感染症などの症状緩和につながる。これまでにサイトカインなどがムチン産生に関与していることが報告されていた。また喘息患者の気道ではコラーゲンが減少していることも報告されていた。しかし細胞を支持しているコラーゲンなど細胞外基質からのシグナルとムチン産生の関係について我々が知る限り報告はなかった。我々は細胞外マトリックスの成分であるコラーゲンからのシグナルが、粘液の主成分であるMUC5ACムチンの産生を抑制する事実を見出し、報告した。また、同じく細胞外マトリックスの成分であるラミニンは逆にMUC5ACムチンの産生を増加させた。これらの結果は細胞外マトリックスからのシグナルにより粘液ムチンの産生が制御される機構の存在を初めて示した。本研究では細胞外マトリックスがムチン産生を制御するインテグリン経路の詳細を明らかにし、ムチンの産生を制御する可能性を探ることを目的としている。当該年度では、特に、ムチン産生を抑制すると期待されるインテグリンβ1がコラーゲン上の細胞で発現量が増加していることがわかった。逆にラミニン上では発現量が低下していた。この結果はインテグリン経路がムチン産生を抑制するという我々の結果に合致するものである。Aktの活性もインテグリンβ1同様の活性変化を示した。この結果は細胞内で、インテグリンβ1からAktを活性化させる経路がムチン産生を抑制していることを示す結果である。インテグリンβ1/Akt経路を活性化させる薬剤などでムチン産生を抑制するという、喘息症状緩和に向けた新たな治療法につながる重要な結果を得た。
1: 当初の計画以上に進展している
24年度の当初研究計画では、ムチンの産生に関与するインテグリンのサブタイプを同定するのみの予定であった。研究の結果、24年度にはβ3などのサブタイプがムチン産生に関与することを明らかにし、研究予定は達成した。さらにインテグリン経路の下流にあるAktキナーゼが予想に反し、ムチン産生を抑制することを明らかにした。さらにコラーゲン上でインテグリンβ1の増加、Aktの活性化が観察されるなど、インテグリン/Aktについて解析が進み、論文で報告した。インテグリン経路の下流でムチン産生に関わる転写因子がNFkBであることを明らかにするなどの点でも解析が進んだ。さらにサイトカインなどによる刺激ではムチン産生の増加は2倍程度であるが、細胞と細胞外マトリックスの接着を非特異的に阻害するとMUC5ACムチンの産生が10倍以上増加するという興味深い結果を我々は見出しており、最終年度に研究する予定であったが、前倒しで解析を進め、既に査読付き研究論文に掲載された。これらの進行状況から、当初の計画以上に研究が進展している。
25年度には研究計画に沿ってインテグリンの活性を阻害する実験を行うのと平行して、人為的にインテグリンの活性を増加させる実験を行う予定である。pTarget vectorを用いてインテグリンタンパク質を細胞内で強制発現させる。主にインテグリンβ1の発現が増加した状態でのMUC5ACの産生への影響を観察する予定である。また、ファイブロネクチン、ヴィトロネクチンなどの細胞外基質の成分についても、ムチン産生にあたえる影響を明らかにする。さらに喘息モデルマウスを用いて気道内でのムチン産生とコラーゲン発現の関係を生体内で観察する予定である。以上の実験により細胞外基質がインテグリンを介したシグナル経路でムチンの産生を制御する機構を明らかにし、特異的に粘液ムチンの産生を気道内で制御する方法を探る。
研究計画に沿って研究を進める中で、今後は細胞外基質からのシグナルを粘液ムチンの産生につなげているインテグリンのサブタイプをさらに明らかにする予定である。その目的のためにインテグリンサブタイプに対する阻害抗体、siRNAなどを購入する予定である。さらにインテグリンの活性を阻害する実験と平行して、逆に人為的にインテグリンの活性を増加させる実験を行い、阻害した場合と逆の結果が得られるか検証する予定である。この実験に必要なpTarget発現ベクター、分子生物的試薬を購入する予定である。またAktとムチン産生をつなぐ経路の詳細を明らかにしていくためにAkt阻害剤などを購入予定である。以上のように細胞外基質がインテグリンを介したシグナル経路でムチンの産生を制御する機構を明らかにし、特異的に粘液ムチンの産生を制御する方法を探る。その中で試薬を中心とした消耗品を購入していく予定である。
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