近年、組織中の細胞がその周辺細胞の増殖を"細胞非自律的"に制御する機構が、発生過程における器官形成や再生、さらにはがんの発生・進行過程において重要な役割を果たすことが分かってきたが、その分子機構はいまだほとんど不明である。本研究では、ショウジョウバエ上皮をモデル系として用い、このような細胞間コミュニケーションを介した組織レベルでの増殖制御機構を成立させる分子基盤の解明を目指した。平成23年度は、細胞非自律的な増殖を引き起こす遺伝子群をショウジョウバエ遺伝学的スクリーニングにより網羅的に探索した。具体的には、ショウジョウバエ成虫原基の上皮組織においてがん遺伝子Rasを活性化した細胞群を誘導し、これらの変異細胞に対してさらなる突然変異を導入することで、変異細胞自身ではなくその周囲の正常細胞の増殖が誘発する突然変異体(nag ; non-autonomous growth)を単離・同定した。その結果、興味深いことに、単離された多数のnag変異体がいずれもミトコンドリア呼吸鎖複合体に関わる一連の遺伝子群をコードしていることが明らかとなった。このことは、Rasシグナルの活性化とミトコンドリアの機能障害とが協調することで、Rasの本来の増殖シグナルが細胞非自律的な増殖シグナルへと変換され、周辺細胞の過剰な増殖が誘発されることを意味している。そこで我々は、このようなミトコンドリア機能障害を介した増殖シグナル変換機構を遺伝学的に解析した。その結果、Rasシグナルとミトコンドリアの機能障害が協調すると酸化ストレスが引き起こされ、これが炎症性サイトカインUpd(ほ乳類IL-6)の産生・分泌を促すことで、周囲細胞の過剰な増殖が誘発されることが明らかとなった。
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