研究課題/領域番号 |
23570283
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研究機関 | 杏林大学 |
研究代表者 |
平井 直樹 杏林大学, 医学部, 教授 (40086583)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 感覚運動連関 / 認知 / 霊長類 / 道具使用 / 運動プラン |
研究概要 |
道具使用は他の霊長類には見られないヒトに特有な、感覚-運動-認知の統合された活動である。本研究課題では、道具使用時の感覚-運動-認知の関連性を明かにするため、ニホンザルの道具使用の運動学習過程を解析しヒトの特徴との差異を解明する。正常成人であれば、物を道具として手にするとき、end-state comfort effect、すなわちたとえ初めは難しいアプローチであろうと、最終の目的にかなった取り方をすることが報告され、道具使用時にend-state comfort effect が出現するか否かを明らかにすることで、被験者が道具というものをどのように理解し先々を見通した運動プランが出来るか否かを判定できる(Rosenbaum)。本課題の設定は一定の向きに置いてあるピンセットを自分で手に持ち、それで餌を取ることが出来るようになったニホンザルが、ピンセットをヒトと同じように道具として理解することが可能か否かを検討した。ピンセットで餌を取る動作を繰り返し練習したことによる、単なる連合学習による運動の可能性があるのではないか、という疑問にも答えるためである。 次の課題を3頭のニホンザルに行わせビデオで撮影し、動作解析を行った。まず、細長い餌を色々な向きに置き、右手素手で取らせた。すると、時計盤1時の方向すなわち作業平面で、およそ水平から60度の角度までに傾いた餌は右上から、それ以上の傾きの時は手前左下からアプローチする。この動作は生得的なものと考えられる。次に、ピンセットを色々な向きにおく。すると、3時から1時までは、長い餌と同じ取り方をするが、それを越えると、さらに手首を内転して取ろうと努力し、上手くいかないと動作を停止する。しかし、ピンセットを取る時は、餌を取る時とは明らかに異なった操作方法をする事実は、ニホンザルもピンセットを道具と見なしている可能性が明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
どのように持っても機能的に影響のない物を手にするとき、我々は一番持ち易い様に手を伸ばし手に持つ。しかし、もしそれが道具であれば、どのように使うかその機能を考えて持ち方が変わる。その時はたとえアプローチし難くとも、目的に適った、最終的に使い易いような取り方をする。これが、Rosenbaumの言うend-state comfort effectであり、先を予期した運動プログラムが出来るかどうかを判定する検査法として使われている。ヒト特有と考えられている道具使用の、感覚と運動との連繋とそれを仲介する認知機能を考える時、他の霊長類で同じように道具を使わせその時の運動や認知過程の差異を比較することでヒトの特徴が明らかになる。 言葉を発しない動物や小児を被験体とする時、彼らの認知過程を客観的に明らかにするのは難しい。しかし、道具を使わせそ、その過程で end-state comfort effect が現れるかどうかを見ることは、行動から認知過程を解析する糸口となる可能性が出てきた。単に長い棒であればどのように置かれていても手にすることが出来る。しかし、ある程度条件反射的にピンセットを使えるように訓練したニホンザルでも、どのようにピンセットが置かれていても、何とかピンセットで物を摘むのに適した握り方をするようにアプローチしている。このことは、end-state comfort effect に対応する行動と考えられる。 このように本課題で、ニホンザルでもピンセットを物を掴むための道具として使い始めている可能性が明らかにできたことは、ヒトの道具使用の認知的な側面を明らかにする一助となり、次年度につながる成果が得られたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の解析から、水平方向に置かれたピンセットで訓練したサルが、ピンセットの向きを60度程度変えても変化に対応して機能的に使えるように持てるようになった。しかし、それ以上の変化、たとえばピンセットを下向き(垂直方向)に置いた場合は、上からアプローチして機能的に取ろうとするが、取れずに諦めてタスクをやらなくなった。すなわち、長い物を取るときのように下からアプローチして、ピンセットの機能を無視した取り方をすることはなかった。このことは、手以外の物(ピンセット)を使って、ある物を操作しようという新しい道具使用の概念を獲得し始めたことを示唆している。今後、ここから派生した次の2つの問題点を明らかにしたい。 (1)今までは外界に対して、手で直接目的を果たすようにアプローチしてきた。しかし、本研究に使ったサルは、手の代わりに物を使って外界と接触する術を獲得した。この結果をもとに、道具の概念が派生した可能性を明らかにしたい。そのために、運動学習訓練に使ったピンセット以外の物(道具:大きさや形状の異なったピンセット、ピンセット様の物など)を使って、他の物を操作することが出来るかどうかを明らかにする。 (2)ニホンザルの場合、餌を取る時はワンステップの動作である。この動作は餌に限らない。取りにくい向きのピンセットを取るとき、なんとかワンステップで取ろうと努力している。これは、外界の変化に自分を適応させる方法である。しかし、我々ヒトでは、もし自分の運動能力では直接取れないと判断すれば、いくつかの行程を経て、いわゆるケーラーの言う回り道のプランを立てて、取りやすいように対象を操作してから取る。ニホンザルにこのような先を読む運動プラン、最終目的のために外界を変化させる能力を持っているかどうかについて、ピンセットの向きを学習した方向と全く逆向きにして置いて、解決方法を解析する。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度申請額のうち次年度に使用する額は46万円である。これは、記録メディアを従来のDVDからブルーレイに切り替えに伴う費用であった。しかし、記録法の変更は実験装置設定の変換を迫られ、初年度実験途中では難しく次年度に持ち越すことにした。 本年度に行った動作解析は、従来のビデオカメラで撮影したデータで行った。しかし、より正確な解析にはハイビジョンかつ高速度ビデオ撮影が必要である。次年度は、ハイビジョン、高速度対応のビデオカメラで撮影し、編集用ソフト、編集用機材も記録メディアをブルーレイに対応させ、データ解析をすすめていきたい。そのための経費として研究費を使用する(ハイビジョン・高速度カメラ、ビデオレコーダー、パソコン、記録メディア等の購入)。そのほか、学会発表、国際誌への投稿を予定しており、その経費に使用する。
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