研究課題/領域番号 |
23570283
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研究機関 | 杏林大学 |
研究代表者 |
平井 直樹 杏林大学, 医学部, 名誉教授 (40086583)
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キーワード | 感覚運動関連 / 認知 / 霊長類 / 道具使用 / 運動プラン |
研究概要 |
物を手にする時、ヒトは一番持ち易い様に手を伸ばし、手指を使って摘んだり、握ったりする。しかしもしその物が“道具”であれば、どのように使うかその機能を考え、持ち方を変える。たとえアプローチが難くとも、目的に適った、最終的に使い易いような取り方をする。本課題ではサルにピンセットを使わせ、その学習過程の運動・感覚・認知の統合を明きらかにしようとするものである。“サルがもしピンセットを道具として認識するならば、どのようにピンセットが置かれていても先々を予期した運動プログラムが構築され、機能的に手にとるはずである”との仮定の基で、初年度にピンセットで物を摘むことが出来るように訓練されたニホンザル2頭で次の実験を行った。 ピンセットの向きを初期学習時から180度回転させて設置したところ、二匹共に同じような経過をたどりピンセットを機能的に握るようになった。まずはじめはピンセットから目を背け、ピンセットを取りに行くことを拒否する。もしピンセットを単に物として見ているならこのような事は起こらず勝手に握り手にとるはずである。 試行を重ねると、手首を強く回転してピンセットを機能的に持とうとする動作がみられるが、十分手首を内転させることが出来ず諦める。ピンセットに触るが取れない時、偶然ピンセットが回転する事があるが1日目はそのまま諦める。しかし、この事象が数度重なった4日目からは、自分でピンセットを指で回転させる方法を使うようになった。その後、一度ピンセットを逆に持ち、手を代えて持ち直し、さらに元の手に渡し機能的に持ち直す事を自発的にするようになった。ちょうど、ヒトと同じような扱い方である。 以上の学習過程を通して、ニホンザルでも先を予見した運動プログラムを構築できること、さらに、ピンセットを単なる物では無く、物を挟む“道具”として認識していることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
道具使用は感覚-運動-認知の統合された他の霊長類には見られないヒトに特有な活動である。本研究課題は、ニホンザルの道具使用の運動学習過程を解析することで、ヒト特有の道具使用時の感覚-運動-認知の関連性について明らかにすることである。正常成人であれば、物を道具として手にするとき、end-state comfort effect、すなわち、初めは難しいアプローチであろうと、最終の目的にかなった取り方をする方策をとることが報告されている。まず、初年度に明らかにしたのは次の点である。使いやすいように置いてあるピンセットを手に持って、それを使い餌をとるように訓練したあと、オリジナルの配置から±60度程度回転させて取りにくいように配置したとき、単に物をとる様に取りやすい方法でアプローチするのでは無くヒトと同じようにend-state comfort effectが観察され、ニホンザルもピンセットを道具と見なしている可能性が示唆された。この結果を基に第二年度(当該年度)には、次の点を明らかにすることが出来た。上記のend-state comfort effectというのは、道具を取るとき次に何をしなければならないかを理解し、その目的のためにワンステップでどのようなアプローチをしなければならないかを予期しているかを知る指標としてヒトの検査で使われている(Rosenbaum)。これはまた、自分の動きをコントロールして外界に対して適応する術である。しかし、我々ヒトでは、もし自分の運動能力では直接達成できないと判断すれば、先を読んで、いくつかの行程をプランして、取りやすいように対象を操作してから取る。ニホンザルにこのような、先を読んで最終目的のために外界を変化させる能力を持っていることを明らかにすることが出来た。このことから、おおむね2年次までの目標を達成したと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
道具使用は、外界に対して手の代わりに物を使って操作することである。ヒトの幼児がまず手で色々な物を握り口にすると同じように、サルは外界に対して直接手を使って対処している。ヒトの場合、その後の教育で物を使う事、まずは箸やスプーンを使う事を教えられるが、サルの場合はそのような機会はない。ヒト成人でも、頭頂葉損傷で今、2匹のニホンザルで、ピンセットを、物を掴むための物(道具)として使えるようになった。すなわち、本研究に使ったサルは、手の代わりに物を使って外界と接触する術を獲得した。 この結果をもとに、道具の概念が創出した可能性を引き続き明らかにしたい。 第一に、24年度には報告できなかったが、運動学習訓練に使ったピンセット以外の物(道具:大きさや形状の異なったピンセット、ピンセット様の物など)を使って、他の物を操作することが出来るかどうかを明らかにする。 第二に、道具を使う時の、運動・感覚・認知機能の脳内機序を明らかにするための動物実験をおこなうための基礎を確立したい。そのためには、ピンセットを使う今回のニホンザルが特別の個体出なく、どのサルでも“道具を使える”ことを明らかにしなければならない。そこで、今までの学習過程を整理し、新たなサルを使い、道具を“使うサル”を作成し今後の研究の発展への足がかりを作る。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度に、撮影・解析器機をDVDからブルーレイに切り替える予定であったが、初年度からの継続性を鑑み、従来の方法で行った。次年度は、上記今年度の研究推進方策のところで、記述したように新たなニホンザルを用いて実験を遂行することを計画している。これを機会に、高精度(高速度、ハイビジョン)ビデオ器機並びに解析ソフトを取り入れ行う予定である。さらに、新たな課題を課すための実験装置も考案中であり、そのための費用として、本年度繰り越した分を使いたい。(ハイビジョン・高速度カメラ、ビデオレコーダー、パソコン、記録メディア等の購入)。そのほか、最終年度となるため、学会発表、国際誌への投稿を積極的に行う予定で、その経費に使用する。
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