前年度までに、短期絶食ラットの肝臓において観察された「酸化ストレス関連たんぱく質遺伝子の発現誘導現象」の in vitroモデルとして確立した、FCS欠乏条件下で培養したヒトの肝がん細胞を用いて同現象の分子基盤について検討を加えた結果、FCS欠乏条件下での培養によるメタロチオネイン遺伝子の発現誘導は、主としてインスリン・シグナルの低下によって引き起こされていることを明らかにした。 今年度は、FCS以外の培地成分の欠乏がメタロチオネイン遺伝子の発現に及ぼす影響について検討を加え、システインのみが欠乏した培地における培養によって、メタロチオネイン遺伝子の発現が有意に増加することを見出した。アミノ酸の欠乏による遺伝子発現の調節機構であるAmino Acid Response Pathwayの場合には、システイン以外にメチオニンなど複数のアミノ酸の欠乏に応答することが知られている。メタロチオネイン遺伝子の発現はシステイン以外のアミノ酸の欠乏には全く応答せず、Amino Acid Response Pathwayとは異なる機構によって制御されていると推測された。 また、解糖系の阻害剤である2‐デオキシグルコースを加えた培養条件下においても、メタロチオネイン遺伝子の有意な発現の増加を認め、ブドウ糖からのシグナルの低下によっても制御されていることを見出した。 人類が飢餓などの栄養ストレスに適応するために獲得してきた、「食事制限による酸化ストレスへの耐性増強」という機能的潜在性は、栄養過剰摂取が問題となっている現代の食環境化においては十分に発揮されていない。本研究で明らかにした、栄養成分の欠乏による酸化ストレス関連たんぱく質遺伝子の発現誘導機構は、「食事制限による酸化ストレスへの耐性増強」という機能的潜在性を再獲得するために最適な食環境の探求に有用な情報をもたらすことが期待できる。
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