植物の必須元素ホウ素(B)は、細胞壁においてペクチンのラムノガラクツロナンII領域同士をホウ酸ジエステルで架橋する役割を果している。植物の培地からBを除去すると、1時間以内にストレス応答性遺伝子の発現が誘導されるとともに、根の伸長領域において活性酸素の蓄積、細胞死が発生する。このようにBによるペクチン架橋の生理的重要性は明らかであるが、B不足によるペクチン架橋の形成不全がなぜ前述のような欠乏障害をもたらすか、その具体的な機作は未だ明らかでない。そこで本研究では水耕栽培シロイヌナズナ根におけるB欠乏初期応答の解析を行った。Bと同じくペクチンの架橋因子であるカルシウム(Ca)の欠除でも同様に迅速な根伸長領域の細胞死が生じることから、細胞死にはペクチンの架橋不全が関係していると考えられる。そこで今年度は細胞死に先立つ遺伝子発現についてもB欠除・Ca欠除に共通性が見られるか検討した。まずマイクロアレイ解析と定量RT-PCRにより、Ca欠除処理した根において1時間以内に発現誘導される遺伝子を探索し、次いでそれがB欠除でも1時間以内に誘導されるか検討した。その結果Ca欠除応答遺伝子として10個を同定し、うち3個はB欠除でも誘導されることを見出した。エチレン受容体の阻害剤である銀イオンの存在下では、これら3遺伝子のB・Ca欠除処理による発現誘導は抑制されたことから、B・Ca欠除応答のシグナル伝達にはエチレンが関与していると考えられた。また細胞壁ペクチンの架橋不全につながるB・Ca欠除応答と、細胞壁の破壊を伴う病原菌感染応答に類似性がある可能性を考え、既知の感染応答遺伝子についてBまたはCa欠除で誘導されるか検討した。しかし検討した27個の遺伝子ではいずれも有意な発現変化は認められなかったことから、B・Ca欠乏初期応答は病原菌応答とは異なる機作によることが示唆された。
|