研究課題/領域番号 |
23580114
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研究機関 | 奈良先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
大島 拓 奈良先端科学技術大学院大学, バイオサイエンス研究科, 助教 (50346318)
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キーワード | 微生物 / 転写制御 / サイレンシング / H-NS |
研究概要 |
大腸菌O157の病原性遺伝子を制御するLEE1プロモーターは、H-NSにより抑性されている。このプロモーターを、プラスミドにクローンされているluxオペロンの上流に挿入し、ルシフェラーゼ活性を指標とした発現解析を行うためのプラスミドを構築した。同時に、大腸菌K-12株を元に、H-NSと相同性を持つ、4つのタンパク質H-NS、StpA、Hha、およびYdgTを、全て、あるいは、一部欠失した株を作成した(1~4重欠失株)。これらの株に、構築した発現解析プラスミドとLEE1プロモーターの脱サイレンシング因子であるPchの発現プラスミドを導入し、LEE1プロモーターの発現変化を観察した。その結果、H-NSホモログを3つ以上、あるいはH-NSとStp、もしくはHhaとYdgTを欠失した株では、LEE1プロモーターの強い脱抑性が観察され、この状態でPchを発現させても効果は見えなかった。一方、単独および2重欠失株では、転写抑性活性は維持されており、Pchの発現によって、LEE1プロモーターの活性が強く誘導された。さらに、トランスクリプトーム解析を行った結果、HhaとYdgTを欠失した株では、H-NSにより抑制されている多くの遺伝子の発現が脱抑制されていることが示された。このことは、①H-NS、StpA、HhaおよびYdgTが複合体を形成し転写を抑制する、②Pchの発現により、この抑制が阻害される、③その阻害には、他のタンパク質を必要としないことを示している。さらに、H-NSのアセチル化とサイレンシングの関連を調べるために、リジンアセチル化、脱アセチル化酵素を欠損した大腸菌を用いてトランスクリプトーム解析を行った。その結果、少なくとも、通常の培養条件では、H-NSのアセチル化および脱アセチル化は、サイレンシングには関係しないことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度までの解析によって、H-NSタンパク質のみを用いて、H-NSにより転写抑制されている大腸菌O157のLEE1および実験室大腸菌のybdOプロモーターの活性を、試験管内で抑制できることが示された。しかしながら、LEE1の転写抑性を脱抑制する因子である、PchおよびLerタンパク質を加えても、脱抑制が再現できなかったことから、これらの因子に加え、他の因子が脱抑制に関係する可能性があると考えられた。脱抑制を試験管内で再構成するためには、この点を解明する必要があると考え、本年度は、H-NSホモログ遺伝子欠失株を用いたレポーター解析とトランスクリプトーム解析を行い、脱抑制に関連する因子を見つけることを試みた。その結果、予想に反し、Pchは、その発現だけで、H-NSによる転写抑性を阻害できるが、H-NSによる転写抑制には、H-NSに加え、他のH-NSホモログが必要であり、少なくとも細胞内では、LEE1の転写抑制は、H-NS単独では維持できないことが明らかとなった。また、少なくとも、通常の培養条件では、アセチル化によるH-NSの修飾は、H-NSによるサイレンシングには関係していないことも明らかになった。これらの結果を総合すると、PchとLerによる脱抑制を試験管内で再現するためには、細胞内に近い形で、転写抑性複合体を再構成する必要があると考えられた。一方、脱抑制の再現には成功していないものの、レポーターおよびトランスクリプトーム解析が順調に進展し、H-NSホモログにより構成されるサイレンシング複合体およびPchによる脱抑制機構の理解が進み、それらの結果の一部を論文として発表したことに加え、その知見を元に検討を進めれば、LEE1プロモーター制御系の試験管内再構成と脱抑制の再現は可能であると判断し、おおむね順調に進展しているとした。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の結果から、H-NSに加え、StpA, HhaおよびYdgTを含む形で、転写抑性複合体を再構成することで、Pchにより脱抑制可能な転写抑性複合体を試験管内で再現できることが強く示唆されることから、今後は、H-NSホモログの混合比率を変えて、システマティックに、試験管内での転写抑性複合体の再現を試みる。さらに、再現した転写抑性複合体に、LerおよびPchを加えることで、試験管内での、転写抑制解除の再現も行う。これらの解析が順調に進んだ場合には、再構成系に核様体タンパク質を加え、より細胞に近い形で、転写抑制複合体の再構成と脱抑制の再現を試みる。本解析に必要なH-NSホモログおよび核様体タンパク質のほとんどは、すでに精製を終えているが、精製を終えていないタンパク質に関しては、タグを付加した形で発現できる株を用い、速やかに精製し、実験に使用する。同時に、Pchに関しては、脱抑制を引き起こすメカニズムが不明であることから、遺伝学的な変異解析により、機能ドメインの決定を試みる。加えて、H-NSのアセチル化が、特定のストレス条件下での脱抑制(あるいは抑性)に対し、何らかの影響を与えている可能性を考え、いくつかのストレス条件(高浸透圧、高温、酸性条件下等)で、アセチル化、脱アセチル化酵素の欠失により、H-NSによる転写抑性効率に変化が出るかどうかを、トランスクリプトームにより検討する。すでに、転写抑性複合体が、H-NS, StpA, HhaおよびYdgTにより構成され、その複合体の形成が、転写抑性に重要な役割を持つことは既に論文発表したが、さらに、H-NSホモログの多重欠失株を用いたレポーター解析等で得られた結果に関しても、H-NSホモログの多重欠失株を用いたトランスクリプトーム等の解析を加え、速やかな論文発表を目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
未使用額が生じた要因は、研究の進捗状況に合わせ、予算執行計画を変更したことに伴うものである。また、平成24年度未使用額を含めた使用計画は次のとおりである。本年度の大きな目標は、LEE1およびybdOプロモーターを用いた脱サイレンシングの試験管内再構成系の構築と、それを用いた脱サイレンシング機構の詳細な解析である。本解析を行うために必要な、タンパク質およびDNAの精製、試験管内転写および、その解析に必要な酵素、あるいはRI試薬等の購入の一部に関して、平成24年度未使用額を使用する。また、試験管内で再構成した転写抑性複合体を解析するために実施する、ウェスタンブロティングあるいは原子間力顕微鏡を用いた複合体解析に必要な電気泳動、抗体および検出試薬と、使用機器のための消耗品が必要となる。加えて、複合体の機能解析に必要となるトランスクリプトーム解析のために、RNA精製試薬、プローブ作成試薬等が必要となる。アセチル化の影響を検討するために、ウェスタンブロティングのための試薬とトランスクリプトームに関連する試薬が必要となる。また、全ての実験を通して必要となるプラスティック製品(チューブ、ペトリ皿等)および大腸菌の培養試薬の購入費用が必要である。また、論文投稿、成果発表および共同実験の打ち合わせのための旅費および論文投稿料等が必要となる。
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