ボウズハゼ(Sicyopterus japonicus)の生態学的研究の結果をまとめ、以下の三つの考察を得た。 1) 仔魚の海洋生活期間の推定、数値シミュレーションにおける仔魚の分散過程、海洋における仔魚の発見、さらには集団構造解析の結果を総合すると、本種の仔魚は黒潮を利用し、大分散する可能性があると推察した。 2) ボウズハゼ孵化仔魚の塩分耐性に関する飼育実験と行動観察から、仔魚の発育には海洋が必須であり、淡水では決して初期の発達が進行しないことを明らかにした。この初期生活史の特性は他の研究からも示されており、本種を含むボウズハゼ亜科魚類全般に共通すると考えた。また、親魚の耳石の回遊履歴の解析から、ボウズハゼは淡水のみで一生を過ごす陸封型もしくは河川残留型が現れないと考えた。この特性は、同じ分類群内に陸封や河川残留の個体/集団/種を形成するヨシノボリ属魚類、アユ、淡水カジカ魚類、ガラクシアス科魚類(温帯の淡水性両側回遊魚)と大きく異なる。 3) ボウズハゼはボウズハゼ亜科魚類の中で唯一、温帯に生息する。本種は、四季のある温帯へ柔軟に生活史を適応した結果と考える。しかしその一方で、仔魚の海への依存性は、本亜科が持つ際立った特徴を残している。 本研究よりボウズハゼの淡水性両側回遊を浮き彫りにすることができた。また、ボウズハゼ亜科魚類の特徴も合わせて推察することができた。さらには、ボウズハゼ亜科魚類、アユ、淡水カジカ魚類、ガラクシアス科魚類の淡水性両側回遊魚の比較から、熱帯の両側回遊魚(ボウズハゼ亜科)は仔魚期に海洋依存性が高く、温帯の両側回遊魚(アユ、淡水カジカ、ガラクシアス科)は低いと考えた。これらは同じ淡水性両側回遊魚であるが、初期の生活史戦略が異なると推察した。
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