研究課題/領域番号 |
23580301
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
辻村 英之 京都大学, (連合)農学研究科(研究院), 准教授 (50303251)
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キーワード | 農業経営 / 最大化 / 社会制度 / タンザニア / キリマンジャロ / コーヒー / バナナ / フェア・トレード |
研究概要 |
私的な利益最大化のみを追求する経営目標と、社会制度(特に社会的価値観)に盲従する経営目標を両極端とし、中間に両者が混成する(比較検討してそれぞれの割合を調整する)「混成性の経営モデル」に基づいて、タンザニア・キリマンジャロ山中の農家経済経営をながめると、1つの経営体が明確に2区分されていることが見えてくる。利益最大化を追求する「男性産物」経営と、社会的価値観の下で家計安全保障を追求する「女性産物」経営の2つである。 コーヒー、トウモロコシ、牛、羊、やぎは「男性産物」、バナナ、豆類、芋類、果物類、ニワトリ、さらには牛とやぎの乳は「女性産物」である。両者を分かつのは、特に販売代金の支出費目と経営目標の違いである。 「女性産物」は、自家消費と少額の現金収入のための農畜産物である。その販売代金は、農畜産物や日用品の購入のために、すなわち生活必需品費として支出される。最低限の家計水準を維持する家計安全保障を、経営目標とする 「男性産物」の販売は、多額の現金収入につながる。そしてその販売代金は、農業経営費と家屋建設費に加え、家計費の中の教育・医療費として支出される。開発や利益の追求を、経営目標とする。 フェア・トレードは換金作物の販売を、生産者にとって魅力的なものにするが、その結果、食料作物の生産が疎かにされ、食料不足を導いてしまうという批判がある。しかしキリマンジャロ山中の農家経済経営の場合、以上のように、主に換金用の「男性産物」と、主に食料用の「女性産物」の経営目標が完全に異なるため、たとえば「男性産物」コーヒーのフェアトレードでそれが魅力的になっても、「女性産物」(特に主食であるバナナ)を疎かにしない。 逆に近年は、コーヒー販売収入の下落を、もう1つの「男性産物」トウモロコシの販売で補い切れず、バナナの過剰販売(主食不足という家計安全保障の危機)が懸念されるようになっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現代制度派経済学と呼ばれるジェフェリー・M・ホジソンの議論やアマルティア・センの「共感」「コミットメント」の概念を重ねるかたちで、「混成性の経営モデル」をほぼ確立した。このモデルに、さらに大槻正男の農家経済経営概念を絡めて、「混成性農業経営体モデル」を提起できるところまで来た。また既に、この農業経営体モデルに対して、センの「エージェンシー」「ケイパビリティ」の概念や、農業リスクの議論を組み合わせるかたちで、農家経済経営の実態把握と行動評価のための枠組み・モデルを検討しはじめている。 コンヴァンシオン理論の「6つの規範的秩序原理」を整理した上で、キリマンジャロ・コーヒーの生産から消費までの各流通段階における価格形成時の品質評価について聞き取り調査をし、コーヒーの複数の「理念」品質を解明する課題、そして「社会的貢献志向の品質」としてのフェア・トレードの位置付けをする課題については、ほぼ完了している。 特にコーヒー産地のキリマンジャロ山中における調査については、聞き取り調査にとどまらず、参与観察やアクションリサーチにも努め、上記の枠組み・モデルに基づいて、農家の経営行動やフェア・トレードの影響を評価するための、質的・量的に豊かなデータが集まりつつある。
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今後の研究の推進方策 |
次年度(3年目の最終年度)においてまずは、「現在までの達成度」で説明した、農家経済経営の実態把握と行動評価のための枠組み・モデル(「フェア」の評価指標)を確立する。それに基づいて農家の経営行動やフェア・トレードの影響を評価するためのデータを、これまで同様、特にキリマンジャロ山中のルカニ村における聞き取り調査、参与観察、アクションリサーチ、などによって収集する。 以上を年度前半で終え、後半については、3年間の研究の取りまとめと成果の発信を中心としたい。前の科研費の研究課題「キリマンジャロの農家経済経営と農村発展」の研究成果と合わせて、単著(『キリマンジャロの農家経済経営─フェア・トレードが守るもの(仮題)』)を出版できるよう努める。また国内の学会における口頭報告・論文投稿に加え、「フェア・トレードの役割と今後の課題」をテーマにした公開シンポジウム・講演会を開催し、より多くのコーヒー消費者に成果を発信したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
約96万円の研究費を次年度に回した主因は、本研究にとっては幸いなことに、次年度前半に、半年間の研究重点期間をもらえることになったため、「今後の研究の推進方策」で説明した、「フェア」の評価指標に基づく農家の経営行動やフェア・トレードの評価のためのデータ収集を、その期間に集中して行おうと考えたからである。 当初予定していた10日間程度のルカニ村調査を大幅に拡張する(2~3ヶ月間の予定)。単著の出版に向けた研究成果のとりまとめについても、足りないデータをフォローアップ調査で補いながら、できる限りルカニ村で行いたい。その調査・研究旅費の増額分に、この96万円を充てたい。
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