研究課題
豚レンサ球菌は豚やヒトに髄膜炎や心内膜炎を起こす病原細菌で、近年世界中で豚と人の感染例が多数報告されている。本菌の莢膜は食菌作用に抵抗する重要な病原因子と考えられるが、莢膜を失うと組織表面への接着やバイオフィルム形成能等が亢進するなど異なる病原性を発現することも報告されている。我々は、心内膜炎分離株には莢膜保有株と欠失株の両者が混在することを見いだした。そこで、心内膜炎から分離した莢膜欠失株の莢膜遺伝子等を解析し、本菌が異なる病原性を発現するメカニズムを明らかにすることを目的とした。23年度では、血清型2型および1/2型に必須なcps2J遺伝子を保有する心内膜炎由来の無莢膜86株から無作為に選んだ43株について、莢膜産生遺伝子群領域の遺伝子変異を調べた。その結果、18株において明らかな挿入・欠失変異等の構造変化を検出した。しかし、残りの25株では、大きな欠失や挿入は無かった。しかし、上記18株の変異部位の多くはcps2E-2F領域に限局していたことから、残り25株についてもこの領域を調べたところ、殆どはこの領域に数個から1塩基の挿入欠失を認めた。さらに、全ての変異を同定したところ、cps2I-2Jおよびcps2N-2O領域には変異が見つからなかった。そこで、この部位の欠失変異株を人工的に作製する実験を行ったところ、この部位の変異は菌にとって致死的となることを示唆する成績を得た。一方、莢膜欠失変異株は、莢膜産生株に比べて血小板への接着やバイオフィルム形成が亢進することは昨年明らかにしたが、莢膜欠失株存在下では、莢膜産生株のバイオフィルム形成も亢進した。すなわち、莢膜遺伝子群の変異は、菌にとって致死的となる危険性があるが、一方ではバイオフィルム形成亢進など菌集団にとって有益となる現象を生ずることから、その危険性を冒しても菌集団全体にとっては利益となる機構であろうと思われた。
1: 当初の計画以上に進展している
当初期待していた変異部位の法則性はむしろなく、どの部位にも同じ頻度で変異は起こると思われた。しかし、一部の変異が致死的となることが示唆され、そのような危険な変異を内包する莢膜形成遺伝子構成が、果たして菌にとってどういう生物学的意味を持つのかという別な方面の解析を進め、その結果、菌の集団にとっては、莢膜欠損細胞が存在することが有益となることを見出し、当初予想できなかった新たな研究展開を見たことは、大きな進展と言える。
莢膜欠損細胞が菌集団にとって有益となることが示唆されたが、では、致死的な変異を生じた細胞は、菌集団にとってどういう意味をなすのかについて解析を進める。
当初予定していた培養細胞に対する作用やバイオフィルム形成の解析と、そこに致死的な変異を生じて死んだ菌が存在した場合に、どうなるのかの解析を進めることから、作業としては、当初予定とほぼ同じ試薬と機材を必要とするため、予定通り研究費を使用する。
すべて 2012 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (7件) (うち招待講演 4件)
J. Med. Microbiol.
巻: 61 ページ: 1669-1672
DOI 10.1099/jmm.0.048587-0