研究課題/領域番号 |
23590040
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
根矢 三郎 千葉大学, 薬学研究科(研究院), 教授 (10156169)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 人工酸素運搬体 / ミオグロビン / ポルフィリン / 非平面性ヘム / 酸素結合能 / 核磁気共鳴法 / タンパク質 / 分子分光法 |
研究概要 |
人工酸素運搬体はヒトの体内にある血液を開発して輸血事業に資するものある。人工酸素運搬体ができれば、血液型や血液経由の感染症問題などが解決できるなどの利点が期待される。従来は、期限切れの赤血球から取り出されるヘモグロビンを利用したカプセル化ヘモグロビンなど開発されてきたが、血管収縮作用や心筋損傷などの重篤な副作用が見つかり、開発が危ぶまれている。 申請者はヘモグロビン類似の分子構造をもつミオグロビンを人工酸素運搬体の新素材として用いることを提案した。しかし、天然ミオグロビンは酸素親和性が高すぎるために、結合酸素を放出しにくい欠点がある。この問題を解決するために、申請者はミオグロビンの酸素結合部位である鉄ポルフィリン部分(=ヘム)を非平面化することを発案した。ヘムを非平面化すれば、ミオグロビン内部でヘム鉄に結合する近位ヒスチジンとヘム鉄との相互作用が強まるとともに、その反対側での鉄―酸素結合が弱まると考えられるからである。この考えを実証するために、申請者はポルフィリンのメソ位にエチル基を導入した非平面性ヘムを合成した。これは、人工的に歪ませたヘムをもつ人工ミオグロビンとしては最初の例である。 この人工ミオグロビンの構造を核磁気共鳴法で調べると、鉄は予想通り近位ヒスチジンに引き寄せられていることが判明した。その酸素結合定数を、平面型ヘムを含む参照ミオグロビンを比較したところ、酸素親和性はおよそ1/26まで激減すると判明した。言い換えると、ミオグロビンが酸素運搬能力を獲得できることが明らかになった。これらの成果は、アメリカ合衆国の人工臓器学会より刊行されているArtificial Organs (2012) 23, 220-223に成果として発表した。また、その結果を平成23年度の日本薬学会第132年会(札幌市)で口頭発表し、多数の参加者からの活発な質問を受け大きな反響があった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本申請研究では人工酸素運搬体開発のために、二つの事項を提唱している。一つは、補欠分子を非平面化したミオグロビンを開発することである。もう一つは、こうしてできるミオグロビンの体内動態を改良するためのミオグロビンを包み込む分子カプセル容器となる有機ナノチューブの開発である。 ヘムの非平面化については.有機合成が順調に進み、ミオグロビンへの導入もうまくできた。その結果、当初に予想したヘムの非平面化がミオグロビンの酸素親和性低下をもたらす手段としてきわめて有効な手段であると判明した。ねらいが予想どおり当たったと考えられる。研究の結果は、平成23年度の日本薬学会第132年会(札幌市)で口頭発表しただけでなく、米国の人工臓器学会に論文として発表した。こうした観点から、本年度の達成度は計画以上と判断した。 もうひとつの、課題であるミオグロビンを包む分子容器である有機ナノチューブの合成であるが、こちらについても、その素材となるペプチド性長鎖炭化水素の合成技術を習得し、2グラムあまり合成できた。本研究室ではペプチド性化合物の合成経験がなかっただけに、順調な進展がみられたとした。このペプチド性長鎖炭化水を用いて有機ナノチューブの合成を試みたところ、参考文献記載の方法ではナノチューブ合成はできなかった。試行錯誤の末、80℃での加熱処理を40分間施すことで、収率80%あまりの有機ナノチューブが合成できると判明した。結果は、透過型電子顕微鏡により外径100-500 nm、全長10 mmのチューブ生成を確かめた。本年度に合成できた有機ナノチューブの量は20 mgである。合成量はまだまだ十分ではないものの、有機ナノチューブの合成研究は予備知識のない状態から始めたものであり、1年以内にナノチューブ合成まで到達できたということで、予想を上回る展開がみられた。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度は非平面化によりミオグロビンを酸素運搬体に変換できる可能性をはじめて実証した。しかし、人工ミオグロビンの酸素親和性P50 = 1.8 Torrは、非平面型ヘムをもつミオグロビン(P50 =0.07 Torr)よりも20倍以上増加したものの、生体内での肺および末梢組織での酸素分圧(それぞれ120 Torrおよび20 Torr)を考えれば、実際の酸素運搬能はまだ2%程度でしかない。今後は、ミオグロビンの酸素親和運搬能の向上を目指して、非平面化を推し進めたヘムを合成することを目指す。目的とする合成ヘムは、αおよびγ位にあるメソ位炭素にエチル基を導入したα、γ-ジエチルポルフィリンである。この分子は、今までにない物質で、分子の立体ひずみが大きいこのポルフィリン合成は技術的に難しいが、予備的検討から合成できる条件を見つけた。目標として(1)200 mgあまりのポルフィリンをつくること、(2)鉄錯体を十分量確保すること、(3)ミオグロビンに導入する技術を確立すること、(4)人工ミオグロビンの物性を物理化学的手段で解析すること、(5)ミオグロビンの酸素親和性をヘモグロビンなみP50 = 20 Torrに近づけ酸素運搬能をもたせることが今後の目標である。 ミオグロビンを取り込む有機ナノチューブについては、(1)現在知られている3種類の有機ナノチューブ(ペプチド結合様式が違う2種類、糖分子を末端にもつもの1種)を当研究室で十分量(それぞれ1-2 g程度)を確保することが当面の目標である。(2)できた有機ナノチューブとミオグロビンの複合体生成の適性条件(pH, 温度など)を調べることも計画している。(3)有機ナノチューブに取りこまれたミオグロビン量は、超遠心分離法により有機ナノチューブを分離することで行う予定である。また、(4)有機ナノチューブに取りこんだミオグロビンの体内動態をマウスなどの小動物を用いて行う。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度には130万円の直接経費を申請している。その使途としては、試薬、ガラス器具等の究用消耗品費として、100万円を予定している。また、成果発表のための国内学会2回の出張旅費として10万円、国際学会1回への出張旅費20万円を見込んでいる。
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