医療現場での血液供給はすべて献血に依存している、しかし、わが国では少子化による若年層の減少により、献血者が減り続けている。一方、人口高齢化にともない血液需要は増加している。人工血液開発は急務である。献血液の保存期間は3週間と短く、血液型不適合や感染症の問題もある。こうした問題を解決する切り札が人工血液である。人工血液は人類の夢であり、開発の歴史は長い。現在、人工血液として最も有望なものは、保存期限切れのヒト血液や動物血液を化学修飾して適切な酸素運搬能をもたせた「ヘモグロビンに基づく酸素運搬体」である。しかし、ヘモグロビンを利用する人工血液には問題がある。化学修飾ヘモグロビンは血管収縮、血圧亢進のほかに心筋損傷などの重篤な副作用があると判明した。この報告を受けて、ヘモグロビン以外の素材を開発する動きが急速に高まっている。 本研究で利用したミオグロビンは筋肉中の酸素貯蔵タンパク質である。ヘモグロビンと同様に酸素を可逆的に脱着するタンパク質で、ヘモグロビンのサブユニットと類似した分子構造をもつ。しかし、ヘモグロビンよりも酸素親和性は高く酸素放出能力が劣るため、酸素運搬物質として着目されてこなかった。ミオグロビンは単量体分子でヘモグロビンよりも安定である。しかも、動物筋肉から大量に抽出できる。その酸素親和性はヘモグロビンとは違い、pHや有機リン酸による変動がない。遺伝子工学などでの発現量もヘモグロビンに比べて相当多い。このようにミオグロビンは人工酸素運搬体素材として有望である。本研究で申請者は非平面ヘムを利用する新たな方法論を展開した。ミオグロビンに酸素運搬能をもたせてつくる人工酸素運搬物質は世界的にも申請者以外の研究室では報告例がなく、赤血球と同様の機能をもつ人工酸素運搬体を目指して研究を展開した。
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